■ライフスタイルや見た目が変化しても、名字として古き良き時代の美しい言葉が、お名前として生きている
銭袋さんはどちらかというと縁起がいい名字ですが、逆の方もいらっしゃいます。
奈良県の『霊(みたま)』さんは、お知り合いが入院したとき、お見舞いに『霊』と書いては縁起が悪い。だから草書にして読めないように書くとおっしゃっていました。
『住所』さん、『番地』さん、『三丁目』さんなどは、「そうじゃなくて、ここにはお名前を書いてください」と言われて困るそうですし、珍しい名字の方はなにかとご苦労が絶えない。でも、聞かせてもらう私のほうは楽しくてしょうがないんです(笑)。
歴史が名字に深く関わっていることもあります。『薬袋(みない)』さんは、武田信玄ゆかりの名字。病になったことを誰にも知られたくなかった信玄は、常に薬袋を腰に隠し持っていました。でもあるとき、これを家臣に見られてしまった。そこで「これを見なかったことにしてくれ。代わりに名字を与える」と、褒美に“薬袋”という名字を授けたのだそうです。
『台(うてな)』さん、『垂髪(うない)』さんなど、1000年以上も昔の言葉が名字として残っているのも、素晴らしいですよね。人々のライフスタイルや見た目が変化しても、名字として古き良き時代の美しい言葉が、お名前として生きているんです。
自分の足で行って、直接お話を聞くと、さまざまなことが見えてくるし、次にやりたいことがどんどん出てきます。名字と地域の関連性をもっと調べたいし、まだ出会っていない珍しい名字があるかもしれないし、日本の名字の素晴らしさを皆さんにお伝えしたいし……。
名字の研究を始めて、今年で50年がたとうとしていますが、人生があと100年くらい欲しいですね。いや、100年では足りないかもしれません(笑)。
髙信幸男(たかのぶ・ゆきお/高は「はしごだか」)
1956年生まれ。茨城県大子町出身。高校時代から趣味で名字研究を始める。その後、法務省官僚として長く戸籍事務に関わり、2017年3月に退職。以降は、名字研究家として活動し、数多くのメディアにも登場。特に、バラエティ番組『沸騰ワード10』(日本テレビ系)の人気企画「名字頂上決戦」での活躍は大きな話題に。著書に『名字歳時記』『日本全国歩いた! 調べた! トク盛り「名字」丼』など。
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