■村山ホープ軒本店は小学校からの行きつけ

 武蔵村山にはかつてテストコースまで備える日産の大工場があったが、当時のカルロス・ゴーン社長のリストラ策として01年に閉鎖され、跡地はイオンモールや真如苑所有のサッカーグランドなどになった。「日産がダメになって街が死んだ」とも言われ、現に工場近辺に60軒はあったという飲食店も軒並み閉店に追い込まれ、今は10分の1以下に減った。

 名物もさしてない地域なので、工場がメルクマールだった。ただ、天乃屋の歌舞伎揚も子どもの頃からの好物だが、武蔵村山に本社があるとは知らなかった。もっとも、96年に世田谷から移転したので、まだ町の顔とは言えまい。ご当地グルメも多摩全域で食される武蔵野うどんを「村山うどん」と呼んでいるだけ。

 村山ホープ軒本店は河合の小学校からの行きつけというが、東京郊外で育った自分にとっても、背脂チャッチャ系ラーメンはやはりソウルフード。元祖である吉祥寺の「ホープ軒本舗」やその暖簾分けはじめ、「弁慶」「香月」「土佐っ子」「えるびす」「なりたけ」といった千駄ヶ谷の「ホープ軒」の系譜など、都内の系列店は一通り制覇したが、村山でだけは食べたことがない。最もヘビロテしている吉祥寺直系ということで味の想像もつくため、近くを通ることがあっても、あえて立ち寄っていなかった。

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