■近未来的存在だった“カップ麺”の数々
大山「カップ麺は『カップヌードル』が最初で、これが71年になります。その後、76年に『UFO』や『どん兵衛』が発売されました」
ゆま「私が生まれる前の話ですけど、なんか、いいですね。昭和の時代が感じられます(笑)」
大山「お若い方にそう言っていただけるのは、うれしいです。確かに昭和の懐かしい話ではありますが、カップヌードルが登場したときなんて、これぞ“日本の未来”と感動したものです」
ゆま「日本の未来? どういうことですか」
大山「70年に大阪万博があったんです。カップヌードルは、その翌年に発売されたので、日本や世界の未来を提示するような催しで、私も当時、小学生でしたが、とても衝撃を受けたんです。その流れで、大阪万博の翌年に発売されたのがカップヌードルでした。ゆまさんのように、お若い方にすれば、カップ麺はあって当然のものだと思いますが、私たちの世代にすれば、まさに近未来的な存在だったんです」
ゆま「なるほど~。ふだん食べている即席麺の歴史を知れるのって楽しいです」
大山「よかったです。もう一つ、昭和的な話をしますと、当時、子どもが即席麺を食べるには、2通りしかなかったんです」
ゆま「へ? いつでも食べられるんじゃないの?」
大山「まず、値段が高くて、なかなか買ってもらえなかったんです。それに当時、ごはんは、お母さんの手料理が当たり前だった。即席麺を食卓に出すのは“手抜き”と見なされて、よく思われなかったんです」
ゆま「へえ~。今は、お父さんも普通に料理する時代なのに……」
大山「そうですよね。ただ、そんなお母さんも、唯一、料理を作らなくてよかった日がありました。土曜日のお昼ごはんです。実は昔、土曜日も午前中だけ、学校があったんですよ」
ゆま「あ! 私も小学生ぐらいまで、土曜日も授業がありましたよ。私もギリギリ昭和生まれなので」
大山「そうなんですね。若い人の年齢は分からないなぁ~(笑)」
ゆま「そっか。土曜日のお昼ごはんだけは、即席麺を出してもらえたんですね」
大山「その通りです。ただ、実はもう一つ、子どもでも食べられるチャンスがあった。父親が夜中に小腹を空かせたときです。即席麺を作って食べるので、そのときに一口か二口、もらえたんです(笑)」
ゆま「アハハ。夜中にインスタントラーメン、食べたくなりますよね~」(次号につづく)
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