■穏やかで優しい黒崎に胸が痛む

 詐欺被害で家族を失った悲しみと、死を止められなかった自分への怒りや虚しさは誰もが同じだ。黒崎が届けた2000万円を、遺影の前に置いた時に、被害者の義妹がたまらず「でも生きていてほしかったよ。死ぬなんてダメだよ」と語ったが、それはお金を回収できたからたどり着けた思いだ。

 この赤い帯が巻かれた1000万円の束2つには、幼い娘の成長と家族の幸せを見守る温かい父親の愛と長い年月が詰まっている。黒崎が、2話で氷柱に「お金が戻ってくるからってなにをしたっていいわけじゃない」と責め立てられたときに「金で死ぬ人間がいるのに?」と冷たく言い放ったが、これがその“現実”なのだ。

 将来に絶望して命を絶つほど追い詰められている人がいること。それは黒崎の父親だけではないこと。残された家族の消えない悲しみが、この世の中には存在するということ。それを、黒崎はよく知っている。

 ところで、今回は黒崎が銀行という社会的地位を利用した詐欺に、ひと泡吹かせたのが痛快だった。融資額の10%のキックバックをマスコミにリークするという、銀行の社会的地位を揺るがすことに成功した。だが黒崎は、それを誰かに自慢することはしない。

 根岸家で、それぞれからお礼を伝えられた時も、とても控えめにしていた。一番大事な命までは取り戻すことはできないけれど、少しは自分も役に立ったという安堵感が感じられる表情をしていたのが印象的だ。

 せりふのない表情だけの芝居だったが、その複雑な感情を見事に演じていた。誰かの幸せを見ている黒崎がもっと見たい、そんな人生を歩んでほしいと思わせるような、穏やかで平和なシーンだった。(文・青石 爽)

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