浴室から現れた手が空中に浮かび続けた
どのくらい我慢したでしょうか。そのうち寝るかと思っていたのですが、甘かった。
あまりにいつまでも酷いため、フロントに電話して注意でもさせようかと思ったんです。電話器の所へ行くため、身体を起こしたのですが、何か変な感じがしました。
違和感の正体は、洗面台兼浴室のドアです。そこがゆっくり音もなく開いていくところでした。
外開きの戸が3分の1ほど開いたいたとき、真っ暗な浴室から何かが出てきました。
手……でした。
右手だと記憶しています。小振りでしたから、多分女性の物でしょうか。
丁度ドアノブの高さに指先を前にして、薄暗がりに白く浮かんでいます。それ以外は何もありません。手だけです。
ちょうど手首のあたりで、空気に溶け込むようにしてぼやけています。
その手はすーっと空中を真っ直ぐ飛んでいくと、そのまま右手側の壁に入っていきました。
ハンガーかけや姿見が填め込まれた所です。当然扉もなにもありません。
信じられないものを目にしたことで、私は身動きがとれなくなってしまいました。少々パニックになっていたのでしょう。
少しだけ間があって、隣のテレビの音が消えました。そして、入れ代わるように男の叫び声が聞こえたんです。慌てた様子でドアを開け、バタバタ廊下へ飛び出していきました。
はっと我に返ります。
今のは何だったのか。浴室のドアを確認しましたが、やはり開いている。では、夢ではないでしょう。それに元々下戸なので、1滴も呑んでいません。接待では烏龍茶だけでしたから、酔っぱらっていたわけでもないのです。