自衛隊に息づく自己犠牲精神

さらに、こんな驚きの秘話もある。井上氏が明かす。
「除染作業が完了し、現場が無害化された時点で、現場指揮官が思いもよらぬ行動に出たんです。隊員全員に待機を命じ、自ら毅然と防毒マスクを脱いだんですよ。もしサリンが残留していたら、命に関わります。それを自らが率先してマスクを脱ぐことで、除染が成功したことを確認してみせたわけです。東日本大震災でも多くの自衛官が勇敢な行動を取っていますが、この自己犠牲の精神こそが、自衛隊の最大の強みなのではないでしょうか」

こうした自衛官の自己犠牲を厭わない行為は、枚挙にいとまがないという。
「新人の自衛官に手榴弾の使い方を手ほどきしていた際、新人が誤って手榴弾を落としてしまう事故がありました。すると、次の瞬間、教官が自ら手榴弾の上に覆いかぶさり、爆死したんです。将来ある若い命を守りたいという一念でした。空の事故でも、知られざるエピソードがあります。埼玉県の入間基地の周辺に自衛隊の練習機が墜落し、2名のパイロットが殉職する事故がありました。彼らは訓練を受けていますから、パラシュートによって脱出することが可能でした。しかし、コントロールを失った機体が住宅街に突っ込むことが予想されたため、2名のパイロットは脱出を断念し、人のいない河原に機体を墜落させたんです」(同)

前出の池田元陸将補も、こんな驚きの話を明かしてくれた。池田氏はサリン事件当時、防衛省の陸上幕僚監部に勤務しており、職責上、警察と自衛隊のパイプ役を務めていたという。
「警察の捜査により、オウムは旧ソ連製の軍用ヘリを保有していることが判明していました。このヘリにドラム缶に入れた液体サリンを搭載し、都内の人口密集地で散布されたら、どうなったでしょうか。警察はこうしたテロを想定していませんでしたが、自衛隊では、最悪の場合、100万人の被害者が出ると算出していました」

サリン事件の2日後、上九一色村に強制捜査に入った警察関係者に、池田氏は同行したという。そのときのことについて、
「万が一、ヤケクソになったオウムが、サリンを積んだヘリを飛び立たせ、都内に向かったら大参事になる。その場合は、その場でヘリを撃墜することが使命だと考えておりました」
国家の緊急時には、自衛隊が"最後の砦"となる。

常在戦場――今、この時も、彼らは最悪の事態に備えている。

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