空海はうどんで庶民を救った

"みんな大好き!"そば、うどん。どのような運命を辿って現在に至るのか?
まずは、そば。(25)初めて文献に登場するのは、797年の『続日本紀』。そばは(26)収穫まで2~3か月と短く、土地も選ばず気候の変化に強いため、(27)天皇からも栽培を推奨されたという。
「ただ、当時のそばは、そば粉をこねて餅状にしたもので、今で言う"そばがき"や"そばもち"に近いもの。(28)麺の形になるのは18世紀の俳文集『風俗文選』に登場する"そば切り"が最初。(29)そば切りの元祖は、信州そばで、これが甲州街道や中山道を通り、江戸に伝えられたとのこと」(食番組担当ディレクター)

だが、高知県内では、(30)9000年以上前の遺跡から、そばの花粉が発見され、そばの栽培が行われていた可能性も。なんたる歴史!

一方のうどんは、起源について、そば以上に諸説あり。有力なのは、(31)小麦粉から作られた、あん入りの団子"こんとん"が奈良時代に中国から伝来した、という説。この"こんとん"を温かい汁に入れて食べるようになり、(32) "こんとん"→"おんとん"→"うんとん"→"うどん"と名称を変えていったという。
「今も(33)讃岐地方の雑煮は、甘い汁にあん入りの団子を入れて食べるという風習が残っています。(34)弘法大師・空海が唐の国からうどんの製麺技術を伝え、貧しい人々を救ったという伝説もあります」(同ディレクター)

なんたること。
他に、(35)平安時代の漢和辞典『新撰字鏡』に登場する"牟義縄(麦縄)、鎌倉時代に中国から博多経由で伝わった"切り麦"が、うどんの始まりと信じられる地域もある。
「ただ、現在のように、(36)鰹節のだし、醤油味のつゆで食べるようになったのは、元禄(1688年)以降のこと。それ以前は、いわゆる(37)"味噌煮込みうどん"が主流でした。(38) 天ぷらうどんや鴨南蛮うどんは、江戸時代中期から後期にかけて開発されたものだそう」(フードコンサルタント)

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