それまで外国産馬の参戦を認めなかったクラシックレースと天皇賞への門戸を段階的に開くと決めたのがこの年で、ダートの世界一決定戦、第1回「ジャパンカップダート」が開催された年でもあります。僕個人は、いつまで……と期限を決めずに、海外で戦うことを宣言。アメリカに向けて旅立ったのが、この年です。6月6日に日本を出発して、8日からハリウッドパーク競馬場で騎乗。

 18日に一度日本に戻り、20日はイギリス。22日には、また日本に戻って「帝王賞」、25日に「宝塚記念」に騎乗し、そのまま、アメリカにとんぼ返りをするという強行軍。18日に日本に戻らず、アメリカからイギリスに渡れば、もっと楽なのに。そんな声も聞こえてきましたが、それを承知で、どうしても乗りたかったのが、ゴールドティアラとのコンビで挑むダート1400メートルのレース。GIII「プロキオンS」だったのです。そんな僕の思いに彼女も最高の走りで応え、レコードタイムで優勝。その強さは、“砂の女王”という異名にふさわしいものでした。

 彼女が手にしたGIタイトルは、盛岡競馬場で行われた交流GI「マイルチャンピオンシップ南部杯」ひとつだけ。でも、「牝馬」「ダート」というキーワードで、僕の頭の中を検索すると、真っ先に出てくるのが彼女の名前……ゴールドティアラです。

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