まず、長嶋は聞いてないんだよ。“最近、銀座行ってんの?”って聞くと、それに対する返事が来ると思うでしょう。長嶋は違うんだよ。“ノムさん、このピッチャーどう?”って。こっちの話を全然聞いてないから会話にならない。王はちゃんと会話になる。“ノムさんは行ってんの?”とか。少しは集中力が切れたかなって思うんだけど、ピッチャーが振りかぶると、その瞬間に隙がなくなる。王の集中力はすごいんだよ。

 プロ野球界にいろいろと貢献したはずなのに、2人がいたから、誰も俺の名前をあげてくれない。人気商売なのに、人気のない人生だった。

 女性にも全然、モテなかったな。女性を口説くのと、野球の攻略法は、長所短所を分析するっていうところだけは似ている。だけど、女性は全然ダメ。分析できない。小学生の頃から、女の子にモテなかった。だから、そういう星の下に生まれていると思って諦めたよ。

 唯一、モテたのが今の奥さん。めちゃくちゃ優しくしてくれた。今は正反対だけど。そうじゃなきゃ、あんな奥さんと結婚してないよ(笑)。

 今回、『野村の遺言』という本を出すため、いままでの野球人生も振り返ってみたけど、よくプロの世界で60年以上もやってこれたなと思う。テスト生として入団して、1年目のオフに一度は解雇を言い渡された。なんとか、この世界で生きていくためにはどうすればいいのか。取りたてて才能に恵まれていなかったから、バットを振るだけでなく、知恵をふり絞って考えるしかなかった。

 考えることが、最大の武器だと思っていた。だからこそ、今の自分がある。“生まれ変わってもキャッチャーをやりたい”。改めてそう思った。

撮影/弦巻 勝

野村克也 のむら・かつや
1935年、京都府生まれ。京都府立峰山高校卒業。南海ホークスにテスト生として入団。3年目から正捕手に。首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、ベストナイン19回、MVP5回、ダイヤモンドグラブ賞1回。65年には戦後初の三冠王に輝く。70年に選手兼任監督に就任。73年には、チームをパ・リーグ優勝に導く。80年に現役引退。通算成績2901安打、657本塁打、1988打点、打率2割7分7厘。90年~98年ヤクルトスワローズ監督、リーグ優勝4回(日本シリーズ優勝3回)。99年~01年阪神タイガース監督。06年~09年東北楽天イーグルス監督。現在は、野球評論家として活動する。野村克也氏の最新著作『野村の遺言』(小学館刊)が発売中

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