日本人旅行者である私は彼らにとって富める者だからしょっちゅう金をたかられた。でもゲリラに身ぐるみを剥がれた瞬間に立場が逆転し、私が施しの対象である貧しい者になっていたわけです(笑)。

 創作のために旅しているわけではないんだけど、ふとしたときにそんな体験が、小説に活かされているなと感じる瞬間があります。昨年9月に旅したモンゴルもそう。その7か月前、1999年から17年間続けた全51巻の“大水滸伝”シリーズが完結しました。執筆中から草原を馬で走りたいという気持ちが抑えられなかった。

 3日ほど村で乗馬の技術を教わり、6日かけて草原を旅しました。道案内を買って出てくれた14歳の少年が、連れて行った羊を料理してくるのかと思っていたら「ぼくはまだ子どもだからできない」と言うんです。モンゴルでは、女と子どもの仕事は内臓と血の処理だけ。仕方がないから、村で教わったとおりに私がさばきました。

 ヘソの下あたりの毛を剃り、ナイフで切れ目を入れる。そこに拳を入れるとなんの抵抗もなく、心臓まで手が届く。その上にある血管をちぎると一瞬で絶命する。その後、一滴の血もムダにしないように解体して、塩ゆでにする……。

 草原で過ごした6日で、感性がどんどん研ぎ澄まされているのが実感できました。本当に楽しくして仕方なかった。木の鞍に跨がるからケツは痛かったけどね(笑)。次回作の舞台は、モンゴルなので、この草原の旅も、創作に活かされるはずだと確信しているんですよ。

撮影/弦巻 勝

北方謙三 きたかた・けんぞう
1947年10月26日、佐賀県生まれ。中央大学法学部在学中の70年、『明るい街へ』で文壇デビュー。『逃がれの街』、『黒いドレスの女』など数々の人気ハードボイルド小説を生み出す。91年には、初の歴史小説『破軍の星』で柴田錬三郎賞を受賞。05年度『水滸伝』で司馬遼太郎賞を受賞。00年からは、直木賞の選考委員を務める。

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