松重豊「『アウトレイジ』の現場はとても刺激的でした」生々しさに拘わる人間力の画像
松重豊「『アウトレイジ』の現場はとても刺激的でした」生々しさに拘わる人間力の画像

 役者っていう職業は、自我を取っ払って、あらゆるものを剥き出しにして、色んな人物の皮をまとえるかっていう職業だと思うんです。自我で、自分を守っている間は、やっぱり役者としては未熟者なんです。

■師匠の蜷川幸雄さんに怒られる夢を…

 ボクが芝居を始めた頃の師匠は、去年亡くなった蜷川幸雄さんなんですが、それをやっていると、“テメー、何を守っているんだ”と罵倒されて、物を投げつけられていました。今、考えれば凄まじいパワハラでしたね(笑)。最近まで、蜷川さんに怒鳴られるっていう夢を見ましたよ。不思議なもので、去年、亡くなってから頻度は少なくなったんです。あれ、生霊だったのかな(笑)。

 でも、いい役者になるためには、それくらい追い込まれないとダメなんだと思います。まず、自分のなかにある固定観念を取り払わないと、こういう人間は、こうだろうってステレオタイプで演じていては、人の心に響かない。同じ芝居をやったら、クビでしたからね。“なんで昨日やったことを疑っていないんだ”って怒鳴られて。正解はないわけですから、まずは疑ってみる。そして、違う可能性を探し続けなければいけない。

■一度、俳優をあきらめて建設会社に就職

 若い頃は、こんなに苦しい思いをして、なんでやらなきゃいけないんだろうと思いましたよ。その思いが大きくなって、一度、役者の道をあきらめて、建設会社に就職していた時期があるんです。結局、会社でトラブルが起きて、どうやって食っていこうかなと思っている時に、役者仲間に声をかけられて、また戻ることになったんですがね。

 まあ、楽にできる仕事なんて世の中にありませんからね。みんな苦労しながら生きているでしょうし。役者の苦労っていうと、役作りが大変だなんて思われる方もいると思うんですが、僕は、役作りと呼ばれるようなことは一切やらないんですよ。現場なんて100人以上の人たちが関わって動かしているわけで、たかが、一人の俳優が作ってくるものなんてちっぽけなものですよ。

 セリフと、演じる役がどんな人なのかっていうのは頭に入れて、100以上のパターンを妄想はするんですよ。でも、現場にいくと、自分の妄想と、それこそ全部違ったりする。相手役がしゃべる声が、自分の思っていたのと違ったり、ロケする場所が意外と狭かったりとか。その瞬間にハッとしたほうがリアルだと思うんですよ。いかに、生々しくそのシーンが繰り広げられているのかっていうことにしか、おもしろいところはないと思いますね。それを切り取っていくのが、映画なのかなと。

■北野武監督の現場は台本が進化していく

 だから、カメラが回った瞬間の僕らのアンテナの張り巡らせ方っていうのは、マックスですよ。とても緊張しますし、大変です。まあ、その緊張感がなくなったら、この仕事は終わりなのかなとは思います。そういう意味で、今回の『アウトレイジ 最終章』の現場はとても刺激的でした。北野武監督の現場は、台本がおもしろくて、シーンとシーンの間にすごい余白があるんです。なんの余白だろうと思っていると、撮影している最中に、どんどん差し込みが入っていって、撮りながら台本が進化していくんです。

 数学的な頭で考えていらっしゃるところがあるのか、“こういうのは方程式みたいなもんでね”とおっしゃっていて、人間関係のベクトルなんかをその場で修正していく。そんな監督さんは初めてだったので、とてもおもしろかったですね。監督と俳優の関係性ってそれぞれだと思うんですが、僕はなるだけ、撮影中に監督と、コミュニケーションを取らないようにしているんです。イメージを共有しちゃうと、最大公約数でまとまってしまう危険性がある。監督に全然違うところからアプローチしてきたなって思わせると、いいものが作れる気がするんです。

 やっぱり役者は、たどり着いたなと思えるような仕事じゃないので、決して引き出しとかそういうものを持とうとせず、毎回、新鮮な気持ちで現場の流れに乗っかっていければいいなと思っています。

撮影/弦巻 勝 ヘアメイク/Saeki Yuka スタイリスト/Yoshie Masui

松重豊(まつしげ・ゆたか)
1963年、福岡県生まれ。蜷川スタジオを経て、バイオレンス映画から朝ドラまで幅広い作品に出演する。12年にドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京系)で連続テレビドラマ初主演を果たす。現在も数多くの映画、ドラマに出演し、第一線で活躍中。

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