■現実とシンクロする倉本聰先生のシナリオ

――倉本聰先生のシナリオは、1年以上前に書かれていると思いますが、ドラマの中で芸能人の麻薬事件が起こったとき、現実でも似たような事件が起こったりして、そのタイムリーさに驚かされました。

 倉本先生がホン(脚本)を書かれたのは1年以上前なので、紛れもない偶然なのですが、そういうことも含めて、それが大作家、巨匠と言われる由縁なのかなと思います。視聴者は勘違いして「時事ネタをぶっこんできた。攻めてるな」とSNSで書き込んだりされていますね(笑)。

――「攻めている」といえば、テレビ界への批判をバーンとぶつけたりされていて、倉本先生しかできないことだと思います。

 前作の『やすらぎの郷』の企画書を先生から受け取ったときに「『やすらぎの郷』というのはテレビ界で活躍した人だけが入れる、ただし、テレビ局の人間だけは絶対に入れない」と、1枚目に書いてあったんですね。

 おそらく、この作品は倉本聰先生の、今のテレビドラマやテレビ界に対する“挑戦状”なんだと思います。先生ご自身も、これまでの名誉や実績を全部賭けて勝負をするつもりなんだというのが分かったので、受け取った時に「これを自分がやるのか」と……。同時に、先生に「お前、それをどこまで画にできるんだ?」と言われた気がして。

 ですので、この作品に関しては、タブーがないんです。たとえば「テレビの視聴率に対するタブー」について、別に言ってはいけないということではなくても、テレビ業界では誰もがあえて言わなかったことを言っています。

 普通の作家が書いたことなら、放送までいかないでしょう。「ふざけるな」ってどこかにお叱りを受けて、途中で止まってしまいます。でも、これだけの大作家だから、みんな耳を傾けてくれる。言えないことが言えるんです。

 84歳の倉本先生がすべてをかけて“攻めてる”のに、我々が怯んだり、やめておこうと思ったりしたらダメでしょう。我々も先生がやろうとしていることを、なんとか形にしようと思って、脚本にあったいわゆる“挑発的なこと”、“業界に対する攻撃的なこと”は、ほぼ全部、ドラマの中に入れるようにしています。

 社内でも「これ、本当にやるの?」という意見は、台本の段階からありましたが、ほぼ、先生がやろうとしていること、我々がやろうとしていることはやっていると思います。ものすごい労力だと思うんですよ。先生が手を抜かずに思いの丈をここまで書いてくださったんだから、それをいかに伝えていくか。

――倉本先生はご自身も演出家でいらっしゃいますが、ドラマに関してはどこまで関与されるのでしょうか。

 本作に関していえば、先生が現場にいらっしゃって、口を出されることはないです。前作の最初の顔合わせの時には、全員でホン読みをしまして、その時にご意見やご感想はいただきましたが、『郷』のメンバーは、つき合いの長い方ばかりで、お芝居もこれまでの作品を通じてイメージを掴んでいらっしゃるので、みなさん自由に、という感じですね。

 ただ、今回は『道』に若い人たちが多く入りましたので、クランクイン前に3日間、若い人たちを集めて倉本先生がワークショップ的な稽古をみっちりしていただいています。

――キャスティングは倉本聰先生がされたのでしょうか。

 前作の脚本を書き始める前に、先生のほうから指定されたのは浅丘ルリ子さん、加賀まりこさん、八千草薫さんですね。アテ書き(俳優を想定して脚本を書くこと)するので「この人でないと困る」と。

 あとは、先生とディスカッションしながら、こういう役は石坂浩二さんだな、これはミッキー・カーチスさん(81)だな、これは山本圭さん(79)だなと決めていきました。

 パート2をやろうとなった時には困りました。そもそも、続編があるとは思いませんでしたので、八千草さんが演じる「姫」は作品の中で死なせてしまったし、現実では、野際陽子さんがお亡くなりになってしまったり。

 今作の新メンバーは前作と違って、アテ書きではないんですね。倉本先生の脚本を元に、順次キャスティングをしていきました。

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