野村克也監督
野村克也監督

 2月11日、心不全でこの世を去ったプロ野球界のレジェンド・野村克也監督(享年84)。

 選手としても捕手初の三冠王をはじめ、本塁打王9回など多数のタイトルを獲得したが、やはりずば抜けていたのは監督としての手腕だ。

 リーグ優勝5回、日本一3回。とくに1990年から98年までの9年間務めたヤクルトスワローズ監督時代はリーグ優勝4回、うち日本一が3回と一時代を築いた。

「野村さんのデータを重視する野球は、ID(インポータントデータ)野球として、大きな変革をもたらしました。毎日、ミーティングでは“ノムラの教え”を、選手たちにみっちり叩き込んでいましたね」(スポーツ紙記者)

 その代表が古田敦也捕手。ノムさんの下で球界を代表するキャッチャーに成長し、2006年から07年にかけて、古巣ヤクルトスワローズの選手兼任監督となった。他にも、現スワローズ監督の高津臣吾、昨年まで同球団の一軍ヘッドコーチだった宮本慎也、そして、現在、東京五輪野球日本代表監督の稲葉篤紀も、ノムさんのヤクルト時代の教え子だ。

「野村監督には、本当にたくさん、いろんなことを教えていただきましたので、それを思い返しながら、もう一度野球というものに、しっかり向き合いながら、このオリンピック、どうやって勝っていけばいいかということは考えていきたいというふうに思います」とコメントを残した稲葉監督。

 古田氏も「野球は頭を使えば勝てるんだ、ということを教えてくださった方。おかげで、弱小チームが1990年代に強くなった。もちろん今でも野村さんの考えには影響を受けていますし、正しいと思っている。これを継承して次の世代に伝えていくのが僕たちの仕事だと思う」と、恩師の死に際してコメントしている。

 突然の別れとなってしまった野村監督だが、実は遡ること18年前、自身の死について語っていた。

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