■禁制品と知りながらもスパイの自覚が欠如!?

 同書は事件の一方の当事者となった幕府天文方・書物奉行の高橋作左衛門景保とシーボルトの手紙を正確に翻訳しており、緊迫した二人のやりとりが伝わる。景保は、日本全国を測量し、『大日本沿海輿地全図』の作図中に死んだ伊能忠敬の志を継いで本格的な日本地図を完成させた天文学者で、事件発覚後に幕府に捕えられ、獄死する。シーボルトは「親愛なるグロビウス(作左衛門のオランダ語)様」、景保は「親愛なる友シーボルト様」と呼び、親密な関係だった。

 そんな二人の手紙を読むと、問題の日本地図を「K・V・J」という暗号で呼び合い、景保がシーボルトに渡し、その見返りにプラネタリウムなどの西洋の貴重品を求めていたことが分かる。また、景保が部下に日本地図を写し取らせ、通詞にいわゆる“ブツ”の受け渡しを委ねた事実も確認することができる。

 当然、これではいくら手紙で暗号を使っても機密は保てず、どこから洩れても不思議ではない。間宮林蔵リーク説も、その一つだ。景保がシーボルト差し出しの包みを運び役の通詞から受け取り、その中に林蔵宛ての小包があったため、彼の家に届けさせると、林蔵は中身を確かめずに勘定奉行に届け出た。結局、そこから決定的な証拠はでなかったが、この事実からも林蔵のリーク説は十分にありえる話だ。

 ただ、一連の無防備なやり取りからして、そもそもシーボルトも景保も、地図が禁制品と知る一方、スパイ活動をしているという意識はなかったのかもしれない。

跡部蛮(あとべ・ばん)1960年、大阪府生まれ。歴史作家、歴史研究家。佛教大学大学院博士後期課程修了。戦国時代を中心に日本史の幅広い時代をテーマに著述活動、講演活動を行う。主な著作に『信長は光秀に「本能寺で家康を討て!」と命じていた』『信長、秀吉、家康「捏造された歴史」』『明智光秀は二人いた!』(いずれも双葉社)などがある。

あわせて読む:
・『愛の不時着』ソン・イェジンが「艶めかしいキス」で魅せる“号泣必至”の名作!
・法華宗が公開討論で浄土宗に惨敗「安土宗論」は織田信長の謀略か!?
・“忠臣蔵”江戸城松の廊下刃傷事件浅野内匠頭「キレた理由は悪口」!
・草なぎ剛は本木雅弘に続く!?NHK大河「辞めジャニ」慶喜の系譜

  1. 1
  2. 2