ついに念願の海外に到着

 本来なら観光客でごった返しているのだろう。三崎漁港に並ぶ海鮮のレストランや土産物屋にもお客はまばらだ。閉めている店も目立つ。

 そんな界隈を抜けて、僕は西海岸線通りを歩く。すぐに観光地の装いとも無縁な、素朴な漁港が見えてくる。

 陸地に入り組んだ小さな湾のまわりに、やはり小さな漁船が20隻くらいだろうか。どれも係留されており、人の姿はない。蝉の声だけが降ってくる。漁港を囲むようにささやかな住宅街が広がり、その背後には小高い山が迫る。とにかく静かだった。

 ここが「海外」なのである。

 正しくは神奈川県三浦市海外町。「かいと」と読む。ちゃあんと「海外」のバス停だってある。地域の集会所は「海外会館」だ。いわば「珍地名」として知られているのだ。

 が、せっかく「海外旅行」に来たものの、これで見るものは以上終わりなのであった。あとは珍しい地層が露出している場所があるとかで地質マニアにはたまらないかもしれないが、シロウトにはやや難易度が高い。

 もう少し歩いてみようと、漁港を回りこむように山のほうに伸びていく道をたどる。新興住宅地といった様子だ。高台からは海がよく見える。やはりひたすらに静かで、東京とは別世界のようだった。どこからか風鈴の涼やかな音が聞こえた。

 

「海外」のバス停。京急バスが走っている。乗降客はわずかばかり
「海外」も三崎漁港の一部のようだ。観光客の多い三崎の中心部から徒歩15分程度
「海外」は静かで小さな漁港だった。歩いている人をまったく見かけなかった

地域の集会所「海外会館」

 

どうしてこの地名がつけられたのか

 なぜまた「海外」なんて地名になったのか。それには諸説あり、よくわかっていない。「海の外に広がっているから」なんてざっくりした話もあるようだ。

 ただ古代から、近畿を中心とした日本各地に「かいと」地名はある。「区分けされた場所」を意味する言葉らしい。垣根に囲まれた屋敷とか農地、堀をめぐらせた村などを指した。そこから派生して、たんに小さな集落や、特定の領地を表すこともあったという。

 5~6世紀になって漢字が入ってくると、「かいと」は「垣内」「垣戸」「海渡」さらには「街道」「海戸」など、さまざまな表記をされるようになっていった。「海外」もそのひとつだと考えられているのだが、由来がよくわかっていないというのも遠い古代を想像させてくれてなかなかに楽しい。
 そんなことを妄想しつつ、海を眺めて見知らぬ街を散歩するだけでも、立派な「旅」だろうと思う。きわめて小さな「海外旅行」ではあるけれど、いまはこれで満足しておこう。

 帰路、岬に戻った僕は産直センター「うらりマルシェ」でマグロの味噌漬けと粕漬けをみやげに買った。これを食べながら、まだ遠い海外を夢想するとしよう。

 

地元の人たちからすればなんてことない住所なのだろうが、そそられてしまう

海外に行きたい欲求を少しだけ晴らせた旅だった。

(文・室橋裕和)

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