■曲作りに行き詰まることもあります

 そして、ちょうど同じ頃、『ゴジラ』で有名な作曲家・伊福部昭さんのトリビュートアルバム『ゴジラ伝説』のお手伝いをしたのが、映画音楽との最初の関わり。その後、ゲルニカの活動を一度停止した後、坂本龍一さんの映画音楽制作に加わるようになります。最初は『子猫物語』(86年)という作品で、アカデミー賞の作曲賞を受賞した『ラストエンペラー』(87年)もお手伝いしました。単独の僕としては、いまだにオスカー像がもらえるようにはなっていませんけど(笑)。

 受賞後、坂本さんは映画音楽の依頼が殺到しそうな気配で、「これからも一緒にやってこう」と誘われました。でも断ってしまったんです。ゲルニカの再活動が決まっていたこともあったし、映画音楽に携わってみて、“映画は監督のものであり、その音楽は自分が思い通りに作曲してよいものではない、ここは自分の世界ではない”と思ってしまったんです。

 でも、ゲルニカは短期間で活動が終わってしまい、結果的にはまた、映画に関わるようになりました。音楽担当として名前が単独でクレジットされるようになったのは、『帝都大戦』(89年)からだったと思います。その後、徐々に映画の仕事が増えていって、たくさんの作品を担当させてもらいました。

 曲作りに行き詰まることもあります。作曲には基本的なテクニックのようなものがあるんですが、そんなときにはそれで乗り切っています。あと、素材の展開のさせ方なんかはベートーヴェンやバッハといった古典がとても参考になります。

 今後は、演奏会用の作品をもっと作りたいですね。オーケストラの曲を、今までになかった感触で好きなように作曲する。そうしないと、そろそろ人生が終わってしまいますからね(笑)。

上野耕路(うえの・こうじ)
1960年生まれ。日本大学藝術学部在学中に『8 1/2』『ゲルニカ』といったバンドで音楽活動をスタート。坂本龍一とのつながりから映画音楽の世界に入り、『ヘルタースケルター』『引っ越し大名!』など多数の作品を担当。『ゼロの焦点』『のぼうの城』では日本アカデミー賞優秀音楽賞も受賞した。テレビドラマやキユーピー『たらこパスタソース』をはじめとしたCMソングも多数手がける。日本大学藝術学部映画学科非常勤講師。

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