同時に、伊藤演じる女性にはもうひとつの、「月」が投影されている。彼女は「海に浮かんで月を眺めるのが好きだった」と物語ってみせる。それは、作品冒頭のカットで上方へと泳いでゆくクラゲの姿と重なる。海面に浮かぶクラゲ(海月)のイメージは、空に浮かんだ月の写し絵にほかならない。彼女が雨と同時に姿を現し、「水」を欲するのは、何より彼女がクラゲの化身であることを示唆している。

 やがて、「わたしのみかた」と同じように雨は止み、それを合図に異種間の邂逅はあっけなく終わる。「わたしのみかた」の渡辺は赤い傘を残して姿を消したが、本作「moon,」では伊藤は人間の姿でなくなるかわりに、ひとつの景色を少年に残して去ってゆく。ラストカットで少年がその景色を眺めるとき、わずかな刹那に思えた少年と伊藤との関わりが、実は永続的、普遍的なものかもしれないことに気付かされる。

 このように、タナカシンゴは渡辺みり愛主演「わたしのみかた」と伊藤理々杏主演「moon,」とで、異なるテイストの寓話を描きながらも、相互に共通するモチーフを投影していたのだ。

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