稲川淳二(撮影・弦巻勝)
稲川淳二(撮影・弦巻勝)

 私は東京の渋谷のあたりの生まれなんですがね、子どもの頃は木造の古い日本家屋がまだまだたくさんあって、うちもその一つでした。

 夜になると「さあ、2階に行って寝なさい」って弟と二人、母親にお尻を叩かれながら暗い階段を上がっていく。布団に入ると母親がそばに座って、ジーッと私たちの顔を見ながら、「これはね、私が子どもの頃、本当にあった話なんだけどね……」と、怪談を始めるんです。

 ほの暗い電球の灯りが、逆光でもって、母親の乱れた髪の毛を照らす。昔の女だから着物姿ですよ。

「小学生の兄弟が、日に日に痩せていくんだよ。先生がわけを尋ねると、オバケが出るって言うんで“先生が退治してやる”と夜、押し入れの中に身を潜めていたんだって。すると、ヒタヒタという足音が聞こえる。それで、ツーッと襖が開いたかと思うと、黒い髪の毛がバサーッと……!」

 と、ここまで話して、「はい、おやすみ」と、母親は下に降りて行っちゃう。残された私たち兄弟は「おっかねぇ、おっかねぇ」って怖がりながらも、それがもう楽しくてね。

 うちには姉といとこのお姉ちゃんもいたから、友達の女の子が泊まりがけで遊びに来ることもあって、そうするとまた母親の出番ですよ。「おばちゃん、怖い怖い!」ってキャーキャー大喜びでね。

 私の怪談話に影響を与えたものがあるとしたら、それは母親かもしれませんね。すごく上手でしたから。

 私のおばあちゃんもよく、故郷の新潟の怖い話をしてくれました。不思議な出来事もありましたよ。

 まだ戦時中のある日、おばあちゃんが、うちの母親に「門の外に軍服の男がいるから見てきてくれ」って言うんです。見に行くとそんな人はいない。「おばあちゃん、誰もいませんよ」と伝えると、次は青ざめた顔で「庭に入ってきているから見てきてくれ」。見ても誰もいない。すると今度は「入ってきちゃったよ!  玄関にいるよ!」って。でも誰もいないわけです。さすがにこれはおかしいと、父親に相談したらしいんですが、大事なせがれが自分に黙って、勝手に戦争に行ってしまったので、そのショックで変なことを言っているんじゃないかと……。

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