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スポーツ紙が報じない「原辰徳と巨人軍」35年目の決別

[週刊大衆12月21日号]

スポーツ紙が報じない「原辰徳と巨人軍」35年目の決別

 ONなき後の“巨人4番”を担い、指揮官としても12年。“ジャイアンツ愛”を貫いた男に何が訪れたのか――!?「原さんが巨人のユニフォームに袖を通すことは、もうないだろうな……」ある読売関係者は、こう呟いた。巨人監督として、通算12シーズンの指揮を執った原辰徳氏(57)の勇退が確実となったのは、ヤクルトとのCSで敗退が決定した10月17日のことだった。

 その翌々日、原氏は渡邉恒雄球団最高顧問に監督職の辞意を伝えている。1980年に東海大からドラフト1位指名で巨人に入団。ONなき後の巨人の4番の重責を担い、現役引退後は監督として通算1715試合を指揮し、リーグ優勝7回、日本一3回という輝かしい戦績を記録した原氏。その原氏と球団の間に今、“隙間風”が吹き始めているという。「原さんは、高橋由伸新監督の就任会見にも姿を見せず、11月23日のファンの集いにも出席しませんでした。常々“ジャイアンツ愛”を公言していた原さんだけに、不可解としか言いようがありません」(スポーツ紙デスク)

 原氏と球団の間に、いったい何があったのだろうか。両者の関係が微妙となった原因は、15年シーズンにあるという。「今年が2年契約の最終年ということもあって、メディアはシーズン前から原監督の進退問題を書きたてました。加えて相次ぐ主力の怪我、選手の高齢化などの逆風の中で、リーグ最低ランクの“打てない打線”を抱えながら、ペナントレースを戦わなければならなかった。原監督の心中が穏やかでなかったことは確かでしょうね」(巨人番記者)

 そんな中、原巨人は健闘していたとも言えるが、メディアは「弱い巨人」の要因を原采配に求め、退任を既定路線のように報じた。「今季は日本テレビや読売新聞に、ファンからの苦情が殺到。その多くは巨人の不甲斐なさ、原采配を批判するものだったといいます」(球界関係者)

 新聞社が親会社である巨人は、こうしたファンの意見に敏感に反応するのがならいで、フロントはシーズン序盤から後任擁立に向けて動いていたという。「原監督は巨人の低迷を早くから予測しており、フロントにも補強案を具体的に提案していたといいます。ところが、昨オフは満足な補強ができなかった。原監督にしてみれば、ペナントで苦境に立たされたのも“俺だけのせいではない”というのが本音だったはずです」(前同)

 原監督のフロントへの怒りは、シーズンが進むほどに増していったという。ただ、決定的だったのは、6月に行われた読売グループの人事異動だったようだ。この人事で、山口寿一氏が読売新聞東京本社社長となり、渡邉氏に次ぐグループ“ナンバー2”に就任。同時に原沢敦GMが解任され、後任として読売新聞東京本社運動部長の堤辰佳氏のGM就任が発表された。「山口氏、堤氏は、巨人をメジャー流のフロント主導のチームに作り変えたいという思いを持っていました。彼らにとって、監督生活12年目に突入し、“言うべきは言う”原監督は煙たい存在だったのかもしれません」(前出のデスク)

 優勝すれば続投もありえたというが、山口、堤両氏の就任で、原続投は風前の灯となったとされる。その“風向き”を原監督が肌で感じる事件もあった。「例年、オールスター明けに来季補強案についてフロントから監督にお伺いがあるんですが、今季はそれがなかったんです。原監督はこれを気にして、周囲に“オレはお払い箱みたいだよ”と、こぼしていたようですね」(前同) この一件で、原監督の球団への不信はさらに増したという。

「ただ、この頃、巨人のフロントも混乱を極めていたんです。山口社長は川相昌弘二軍監督を後任に推していたといいますが、日テレ側は江川卓氏を猛プッシュしていました。“優勝すれば原続投”も視野に、川相と江川の二者択一で調整しようとしていたようですが、具体的な動きは取れないでいたんです」(同)

 その理由は、“読売のドン”である渡邉最高顧問の意向が「原の次は松井秀喜、その次が由伸で、その次が阿部慎之助」だったからだ。「ナベツネさんの機嫌を損ねてしまっては大変だと、巨人フロントは本命の“松井詣で”を行います。メジャーでオールスターが開催される7月上旬に、まず久保博球団社長が渡米、松井本人の意向を確認しました。8月に入ると堤GMも渡米し、松井に最終確認を行っています。ここで松井は、“自分は今、監督をやる気はない”と話したようです」(前出の関係者)

 松井に、その気なしを確認した球団は、改めて別の後任候補選びに着手することとなった。時すでに8月半ば。ペナントは、もう終盤に差し掛かっていた。「ただ、球団幹部がナベツネさんの指示を仰ごうとしても、空振りの日々が続いたようです。今年の夏はナベツネさんは政界工作に忙しく、野球にかまっていられなかったようなんです」(前同)

 稀代の“政界のフィクサー”としても知られる渡邉最高顧問は、安倍談話の内容へ影響力を行使しようとしたり、消費税10%導入後の軽減税率に関する提言に忙殺されていたという。「待てど暮らせどナベツネさんの“天の声”が下りてこないので、球団は恐慌をきたしたようです。結果として、原さんはそっちのけで、決定打を欠く中“ああでもない、こうでもない”と後任探しをやっていたわけです」(同)

 結局、由伸新監督で落ち着いたのは、9月も半ばになってからだという。「球団がナベツネさんに“川相か、江川か”を提案したところ、ナベツネさんは“川相は地味すぎる”と一刀両断。すわ、江川新監督誕生かとなったんですが、球団内では例の野球賭博問題がくすぶり始めていたんです。これで急転直下、江川の目もなくなり、急遽(きゅうきょ)、泥縄よろしく由伸を説得することになったわけです」(同)

 江川監督だと、“空白の1日”などの話を蒸し返され、賭博問題で揺れる巨人の負のイメージを払拭(ふっしょく)できないというのが、球団首脳の判断だったようだ。「原さんはこの間、終始、蚊帳の外に置かれています。8日にBS日テレで由伸との新旧対談番組が放送されますが、原さんは実は由伸政権発足にはまったく関与していません。一部マスコミは由伸政権は“原院政”などと報じていますが、これは根も葉もないことです」(同)

 原氏と運命を共にするべきコーチ陣の多くが留任しているのも、「ドタバタで組閣の時間がなかったから」(同)というのが正解。原氏の就任する「球団特別顧問」という肩書も前例がなく、「単なる名誉職」(同)という声が根強い。80年の入団以来、35年の長きにわたり、人生を巨人球団に捧げてきた男の胸には、今、何が去来しているだろうか――。

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