■作品によって自分を表現できる場がある。それだけでいいのです。

 小説家としてデビューできたのは47歳になったときです。小説家になって幸せだなと思えるのは、当たり前のようですが、小説を書く場を与えてもらえたということです。

 元来、スポーツに興味のない私ですが、テレビをつけたときにたまたまオリンピックの中継をやっていたりすると、思わず見入ってしまい、感動したりします。勝ち負けなんてどうでもいいんです。これまで過酷なトレーニングを積み上げてきたであろう選手たちが、全力で戦う場を与えられた。

「戦える場があること」――アスリートにとってそれこそが最大の喜びであろうと自分は勝手に考えています。その歓喜に共感するのです。それは小説家も同じだからです。書く場がある。作品によって自分を表現できる場がある。それだけでいいのです。だから、どんなに苦しくても、もうやめたいと思ったことは一度もありません。

 小説を書いていると、時には評価され、文学賞などをいただくこともあります。それはもちろんうれしいのですが、作家にとっての幸せは、「苦しみながらも書いているその時間」にしかないのだろうと考えています。

 週刊文春を皮切りに、私はこれまで“週刊連載”という山を一つ一つ登ってきました。そして最後に残ったのが、『週刊大衆』という山。いよいよ、この山に登ることになりました。

 新連載のタイトルは『半暮刻』。翔太と海斗という二人の男の、対照的な人生を描く物語です。山を登り終えたときに、どんな景色が待っているのか、やってみなければ分かりません。でも、新しい何かがつかめそうな予感と、確かな手応えを感じています。苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いた先にある小さな灯りをいくつも紡ぎ合わせ、それが一本の太い道になったとき、皆さんに「面白かった!」と言っていただけるような作品になっていればいいと考えています。現実にもがき苦しむ主人公たちに一喜一憂しながら、最後までおつきあいいただければ幸いです。

月村了衛(つきむら・りょうえ)
1963年生まれ。2010年に『機龍警察』で小説家デビュー。2012年に『機龍警察 自爆条項』で日本SF大賞、2013年に『機龍警察 暗黒市場』で吉川英治文学新人賞、2015年に『コルトM1851残月』で大藪春彦賞、『土漠の花』で日本推理作家協会賞( 長編および連作短編集部門)、2019年『欺す衆生』で山田風太郎賞を受賞。

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