■メンタルも最初は弱かったです
「今日はジャッキー・チェン見るぞ」って、なんやろ思ったら、『少林寺木人拳』の戦い方とか、「こういうのがええんや」って訳の分からんこと言って(笑)。次は『ビー・バップ・ハイスクール』で、なんでかいうたら「メンチの切り方や」って。そういう毎日の仕込みがあるから、会見のときとか「(小沢仁志が演じた)前川新吾のあれな」ってオヤジが言うだけで、俺らには通じるんですよ。そんな、亀田家にしか分からん言葉がいっぱいある。暗号です、ほんま。
メンタルも最初は弱かったです。でも、鍛えられました。信じるだけの話です。ボクシングを始めた頃なんて辞めたいって、ずっと思っていた。でも、絶対、世界チャンピオンになるんや、と決めたときから、ゴールのイメージを決めたんです。30歳でボクシングは辞める、10代で世界チャンピオンになるってまず決めて。で、25歳までに3階級制覇するって。ケツ決めたら、あとは逆算してくだけ。自分との戦いというか、自分との対話を続けていました。今は事業をやってますけど、このやり方は変わってないですね。
話は変わりますが、自分、かなりのレベルの、エグいぐらいのプラス思考なんですよ。転んで膝すりむいたとしても、もしかして、転んでなければ、この先で車にひかれてたかも、ラッキー! って思うぐらい(笑)。いちいち落ち込んでいたら、そこに負のオーラもついてくる。だって人生1回しかないですもん。明るく生きたいじゃないですか。早い段階で世の中からバッシングを受けたり、いろんな経験が蓄積され、プラス思考になっていったんでしょうね。今、35歳なんですけど、自分の精神年齢は65歳ぐらいですよ(笑)。
ボクシングでやってきたことは他でも通用すると思っています。でも、ボクシングの過去の栄光はビジネスには一切関係ない。今は興行を作るビジネスをしていますが、尊敬できる経営者の方々と出会えたり、ビジネス環境には恵まれていますよね。社長としては、まだ4回戦ボーイですけど(笑)。
亀田興毅(かめだ・こうき)
1986年11月17日生まれ。大阪府出身。亀田プロモーション社長、3150FIGHTファウンダー、KWORLD3ボクシングジム会長。11歳で父・史郎からボクシングを教わる。16歳で全日本社会人選手権フライ級優勝。17歳でプロデビューし、06年に19歳でWBA世界ライトフライ級王者に輝く。以降、WBC世界フライ級、WDA世界バンタム級王者となり、日本人で初めて3階級制覇を達成した。弟の大毅、和毅も世界チャンピオン。妹の姫月もボクサー。
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