叶わなかった許永中との再会

田中氏は人情味溢れる法律の解釈と正義を形作る論語を基に、〈人生に響く「論語」でズバリ回答! 行列のできるトラブル相談所〉のタイトルで、読者に生きる知恵を説くはずだった。
「田中さんは、本当の悪人とは法に反すると同時に自分の良心に反する、つまり、自分自身を偽るような行動を取る人間だと考えていました。自らに嘘がなければ、悪人とは言えないと。こうした考え方も私と合っていたし、気さくな人柄でもあった」(宮崎氏)

一方、田中氏のラストメッセージには、遺作で〈私の人生の中でも特別な友人〉とまで言い切る許永中氏に向けたものもある。
かつて許永中氏が保釈中に失踪した際、密会していた事実を同書で初告白した田中氏は、盟友との再会を心待ちにしていた。
それは叶わなかったが、運命のいたずらか、ここにきて、彼に関する注目情報が急浮上している。
「イトマン事件と石橋産業事件で長期服役したのち、一昨年に自らの希望で母国・韓国へと移送され、仮釈放で14年ぶりに娑婆に復帰した許永中氏は、この9月に刑期満了を迎えて、晴れて自由の身になった。日本への入国は事実上、困難と見られるが、ここにきて再始動が囁かれ始め、一説には彼の"復活"に密着した年末特番が放送される噂も」(ジャーナリスト)

極貧、エリート特捜検事、闇社会の守護神、獄中生活と、がん闘病……波瀾に満ちた数奇な人生を駆け抜けた田中氏の死が、各界に与える影響は今も絶大だ。
「論語の普及はもとより、苦学をした経験から、返済不要な奨学金制度を確立し、法曹界を志す若者の支援を目標にしていました。それこそが亡き両親、故郷への恩返しにつながると考えていただけに残念でなりません」(前出・根岸氏)志半ばで病に倒れた闇社会の守護神と呼ばれた男。波瀾万丈の生涯を全速力で駆け抜け、永遠の眠りに就いた。

その冥福を心から祈りたい。
合掌――。

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