深層 1 "精鋭集団"による複数犯の可能性も

「この事件の本質は、すべてグリコにあると思うんですよ」
北芝氏は、事件の性質がグリコのときと、それ以外のときで異なると言う。
「グリコだけ、過激だと思いませんか?誘拐、アベック襲撃など、武装した人間が出てくるのはグリコのときだけです。それに、塩酸や放火など、強烈な怒りが表れていますよね。長年、グリコに恨みを抱いていた者の犯行なんじゃないでしょうか」(北芝氏=以下同)

反対にグリコ以外は、メモを至る所に隠して探させるなど、脅迫を面白がっている印象すら感じ取れる。
「保護された江崎社長が、幹部と話したあとに口をつぐんだのも気になります。そもそも、全裸で誘拐されて衰弱した社長が自力で脱出なんて不可能ですよ」

それゆえに、当時から裏取引があったのではないかとマスコミは騒いだ。犯人からハウスへの脅迫状でも
「グリコ 6000万 ださんで 6億ではなし ついた」
と記している。だが、もちろんグリコは、この説を否定した。
「もし裏取引があって、警察の上層部がそれを察知していたのなら、逮捕に消極的なのも、わからなくはない。警察幹部が事実を不都合と判断して隠そうとしても、最前線の捜査員が真相を知ったら、犯人を逮捕したとたん、裏取引が白日の下に晒されてしまいますからね。人の口に戸は立てられない」

しかし、それなら江崎社長が解放された時点で脅迫は終わっているはず。その後、放火や毒入り菓子などにエスカレートしたのは、なぜだろうか。
「裏取引があったらの話ですが、一度口約束はしたものの、それを反故にしようとしたり、条件を渋ったりしたんでしょう。"俺らは本気だぞ"という脅しです」

ほかにも、グリコへの怨恨があったとする根拠がある。一つは江崎社長が誘拐されたときの状況だ。
「誘拐で江崎家に侵入した際、犯人は部屋にいた長女に"Mちゃん、静かにしろ"と、名前を呼んでいるんです。一緒に風呂に入っていた二女との区別がついている。つまり犯人は、江崎家の事情に詳しい人物です」

さらに、江崎氏が救出された際に着ていたコート。一部では、このコートが、戦前に存在した「グリコ青年学校」で支給されたものだと言われている。
そしてもう一つ、最も気になるのが、捜査関係者の間で「53年テープ」と呼ばれているテープの存在だ。
「78年(昭和53年)にグリコの常務宛に送られてきた脅迫テープです。初老の男性の声で、ある過激派が江崎氏の誘拐、グリコ放火、青酸入りグリコ製品のバラ撒きと引き換えに3億円を要求しようとしていると言って、仲裁に入るから1億7500万円よこせといった内容の取引を持ちかけているんです」

そして、この"予言"は6年後に現実となった。
「残念ながら、このテープの送り主や、事件との関連を示す証拠は何も出てきませんでしたが、関連性はあると思います。これらを見る限り、この事件は長い間、入念に計画されていたものである可能性は非常に高いでしょう」

このテープの存在からわかることは、長い時間をかけて緻密に練られた計画というだけではない。
「テープの声の主は、事件を企てているのは自分ではないと言ってますよね。まあ、真偽のほどは確かめられませんが、自分たちの組織に、グリコを狙っている別のグループがあると言っているようにも取れる」

つまり、犯行は単独ではなくグループによるもので、その背後に巨大なネットワークが存在している可能性があると言うのだ。
「ネットワークが巨大だからこそ、こういった情報漏洩があったんじゃないでしょうか。だから、このテープが送られてから6年も時間を空けている……ほとぼりが冷めるまで待っていたのかもしれません。それゆえに、今回の犯行は情報が漏れるのを防ぐために、おそらく短期間で実行に移されたはずです」

この一味とは、いったいどんなグループなのか。
「犯人は1つのグループだけではないと思います。最低でも、3つから4つのグループが集合して加担している。そこで、それぞれの精鋭が1つにまとまり、一致団結して役割分担を決めている印象があります」

オリジナルのメンバーが、そこまで粒が揃っているとは考えがたいと、北芝氏。どういったところが精鋭なのか。犯人グループの横顔に迫ってみよう。
「まず、誘拐やアベック襲撃を行った実行犯。これは相当な手練でしょう。おそらく銃器の扱いもできたでしょうし、元自衛隊員の被害男性をねじ伏せるなど、かなり腕力に自信のある人物でないと、こうはいきませんから。軍隊の訓練か何かを受けた経験のある人物かもしれない」

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