■プロレス中継に回されてアナウンサーを辞めようかと

――ジャイアント馬場さんについても、お聞きしたいです。

「日本テレビ入社後、長嶋さんの一挙手一投足を実況すること以外は考えていませんでしたが、プロレス中継に回されてしまったんです。そのときは、アナウンサーを辞めようかと思いました。そんな私にプロレスの魅力を気づかせてくれたのが、馬場さんでした。馬場さんは話すことの一つ一つに哲学を感じさせるんですよ。彼は歴史小説を乱読していまして、よく世間で話題になっている人を歴史上の人物に置き換えて話していたことを覚えています。また、馬場さんには“馬賊になって満蒙の地を駆けめぐりたい”という夢があったんです。私が“馬に乗れないでしょう”と言うと、“そうだよな”と笑っていましたけどね(笑)」

――冗談を言い合える仲になったんですね。

「当時は試合が終わると、吉村道明さんなんかは若い衆を連れて飲みに行って、“今日は流血したから”と生レバーを3キロ食べるんですよ。一方、よく麻雀を打っていましたね。私もご一緒したんですが、昔は手積みなので普通は両手に6牌ずつ持って間に5牌を挟むんです。ただ、馬場さんはパッと持つと間に牌が1つしかない(笑)。非常に堅実な麻雀を打たれて、負けることは少なかったですね」

――馬場さんは「石橋を叩いて渡る」性格として知られていました。

「全日本プロレスの経営も堅実でした。アメリカのマット界でも、優秀なプロモーターとして名前を轟かせていたんです。その理由の一つが、外国人選手のギャラが良かったことなんですけど、あるシリーズでブッチャーが度を超したギャラアップを要求したことがあるんです。すると、馬場さんは急遽、参加外国人選手を一人追加しました。その男はゴードン・ネルソンと言いまして、彼はカール・ゴッチのようにセメント(※注=真剣勝負のこと)が強く、対戦相手から敬遠されているレスラーでした。馬場さんはテレビ中継のない地方の会場で、ブッチャーにネルソンをブツけるわけですよ。そこでネルソンが、“ボスにギャラアップを要求したらしいな”と言いながら関節を外そうとする。ブッチャーが“ギャラアップは諦める”と言うと、ネルソンはあっさりフォール負けするんです。私たちはネルソンみたいなレスラーを“殺し屋”と呼んでいましたが、馬場さんは、そんな男を呼ぶルートも持っていたんです」

――アメとムチを使い分けるやり手の経営者ですね。

「馬場さんは“大男総身に知恵が回りかね”とは、まったく逆の人でした。総身、これ知恵だらけ。僕は馬場さんから、“親しき中にも礼儀あり”の心得を教えていただいたんです」

――それが、長嶋さんとの関係にも生きたと。

「そういうことです。長嶋さんに出会ったことでアナウンサーになれて、馬場さんがいたからアナウンサーを続けることができた。私にとってお二人は、かけがえのない恩人なんです」

――貴重なお話をありがとうございました。

とくみつ・かずお 1941年3月10日生、78歳。1963年、日本テレビ入社。数多くの番組を担当して活躍。89年、フリー転身。フリーアナウンサー、タレント、司会者として活躍中。プロ野球、プロレスに造詣が深い。『徳光和夫の週刊ジャイアンツ』(日テレG+、毎週月曜20:00~21:30生放送)、『徳光和夫のプロレス自慢できる話』(日テレG+、不定期放送)に注目!!

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