■体操銀メダリスト・池谷幸雄とミスチル桜井の共通点

 昭和の時代、男子の五輪選手がアイドルに限らず女性タレントと結婚した例は、ほとんど見当たらない。アマチュアスポーツ界と芸能界の接点などなかったのである。

 広義の“アイドル”と結婚した五輪選手の元祖はおそらく、ソウル五輪・バルセロナ五輪に出場し4つのメダル(銀1、銅3)を獲得した体操の池谷幸雄だろう。

 『ギルガメッシュないと』などテレビ東京の深夜番組に出演していた5人組のセクシーアイドルグループ「ギリギリガールズ」のメンバー・樹あさ子〈*〉と94年にゴールインした。

 現役時代から女性ファンが多かった池谷は、選手引退後にタレント活動を展開。アイドルと知り合うチャンスを得たのである。

 なお、ギリギリガールズは、メンバーの吉野美佳がMr.Childrenの桜井和寿と結婚したことでも知られている。

 これに続いたのが、ロサンゼルス五輪・ソウル五輪に出場したバレーボールの川合俊一だ。川合はインドアバレーを引退後、ビーチバレーに転向しその普及に務めた。同時に、宣伝も兼ねてタレント活動を始め、芸能界にネットワークを広げていく。

 そして、映画『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌』、『1999年の夏休み』などに出演していたアイドル系女優の中野みゆきと97年に結ばれている。

 ソウル五輪・バルセロナ五輪・アトランタ五輪と3大会連続出場を果たしたテニスの松岡修造は、アイドルではないが、テレビ東京のアナウンサーだった田口惠美子と98年に結婚している。

 なお、高校時代の松岡は、辻野隆三という選手に敗れているが、この人物は五輪出場はならずも、のちに荻野目洋子と結婚することになる。

 松岡が今に至るまで、その熱血キャラでメディアに引っ張りだこなのはご存知の通り。松岡、池谷、川合らは、選手のセカンドキャリアとしてのタレント業、キャスター業の道を本格的に切り拓いた。

 また、90年代半ばから、アスリートを専門にマネジメントするプロダクションが複数生まれ、大手芸能プロもスポーツ分野に乗り出す。こうして、メディアを活用したアスリートのブランディングがなされ、アマチュア選手でも活躍に相応の報酬を得られる環境が整っていく。つまり、トップアスリートの地位がグンと向上したのである。

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