■卓球のやりすぎで球威が落ちた

 名門の早稲田実業高校野球部に入部するや、即レギュラー。1年の秋からは新チームで“エースで4番”を任され、2年の春の選抜では優勝。2年の夏には寝屋川高校をノーヒットノーランに抑えるなど、王貞治は押しも押されもせぬ高校野球のスーパースターだった。高校最後の夏の甲子園では、東京予選の決勝で明治高校に敗れるも、輝かしい実績に彩られている。しかし、王は人知れず悩みを抱えていた。「実は……3年生になってから、球威が落ちたんだ」

 王はプロ入り後、親しい記者にこう打ち明けている。「2年のオフシーズンに入ると、野球部で卓球が流行り出したんだ。僕は卓球部じゃなかったけど、中学時代は校内に敵なしってくらい上手だったんだよ。だから、野球部でみんなが遊びだすと、夢中になっちゃってさ……。そのうち、卓球のフォームがしみついて腕が“横振り”になってきちゃったんだよ。自分では気がつかなかったけどね」

 王のピッチングは、“卓球効果”で乱れていった。「腕はサイドスロー気味なのに、腰の回転はオーバースローのもの。これじゃ、フォームがちぐはぐだから、球に力が伝わらないよね」

 フォームの変化にいち早く気づいたのは、宮井勝成監督だった。宮井監督は、王に“ある実験”を命じた。トンボ(グラウンド整備に使用する道具)をマウンドに立て、王にピッチングをさせたのだ。「本来なら腕がトンボに当たるはずはないのに、何回投げても腕が当たる。宮井さんが、“お前さんは、こんなふうに投げている”とマネしてくれたのが、サイドスローだった。これはショックでしたね。ピッチャーのフォームってのは、そう簡単に直せないから、元に戻せないまま選抜大会に行きました」

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