■様子を見ながらやるしかない
大会のほうは2月28日以降全て中止や延期になっている。通常の練習もままならない状況が続くので、大会の再開について聞くと、中井は「まだ見えない」とハッキリ答えた。
「そもそも『もう(やっても)大丈夫』みたいなことになるのかどうか」
筆者が個人的な見解と前置きしたうえで、「そういう状況にはならないと思う」と話を向けると、中井は「ということは、なし崩し的に再開することになる」と続けた。
「そうなると、様子を見ながらやっていくしかない。我々はくっついてナンボ。正直、歯がゆい。正直、エクササイズだけでは格闘技や柔術の面白さはわからない。その意味において、いまはワクワクしない。でも、みんなそういう気持ちを持ちながら耐えてくれているんだと思う」
中井のスタンスは基本的にポジティブ。昔は良かったというような過去の思い出に浸ることはない。来るべき未来にどうやって楽しく柔術と接するかを深く考えている。
「私は結構昔から『道場に行けない時には、どういう練習をすればいいですか?』という問いかけに『一駅前で降りて歩いて帰りなさい』『家の前でやりなさい』と答えていた。はからずも、いまはそういう状況になってしまった」
中井は、こうも言った。
「今まではスパーリングをすることやきつい汗をかくことが練習だった。でも、僕は『スパーだけが練習ではない』と言い続けてきた。実をいうと、僕は練習でずっとスパーという言葉を使っていない。その言葉だけで一般の人が怖がることを理解していたので。だからいかにしてスパーという言葉を消そうかと考え続けていました。今回のコロナの件で、やっとみんなそのことに気づくきっかけになるのかなと思いますね」
中井はあらゆる可能性や方針を否定しない。「年に一回、覚悟を決めて組み合う」という日が訪れる可能性も選択肢のひとつとして捨てていない。それも、時代のひとつとしてのあり方だと捉えているからだ。
「一人ひとりがそれに納得できるかどうかの問題だと思います。そうなると、今までの練習形態やジムという枠組みは壊れてしまうかもしれませんが」
なぜここまで言うかといえば、中井には「格闘技を守りたい」という思いが強いからにほかならない。
「これまでコロナ以外のこと(格闘家が関わったとされる傷害事件や恐喝事件など)でも、ずいぶん格闘技や武道のせいにされてきましたからね」
いまのところ柔術専門の道場から感染者が出たという話は中井の耳に入っていない。
(取材・文=布施鋼治)
![中井祐樹](/mwimgs/f/b/640/img_fba406a64f074d827e419c9bd238cf88249365.jpg)
中井祐樹(なかい ゆうき)
1970年8月18日生まれ。北海道出身。高校ではレスリング部だったが、北海道大学で寝技中心の七帝柔道に出会い、柔道に転向。4年生の夏に大学を中退し、上京してプロシューティング(現在のプロ修斗)に入門。94年にはプロ修斗第2代ウェルター級王者に。95年のバーリトゥード・ジャパン・オープン95に最軽量の71キロで出場。1回戦で右眼の視力を失いながらも勝ち上がり、決勝でヒクソン・グレイシーと対戦。このときの右眼失明で総合格闘技引退を余儀なくされたが、ブラジリアン柔術家として再始動。現在、日本ブラジリアン柔術連盟会長、パラエストラ東京代表。
布施鋼治(ふせ こうじ)
1963年北海道生まれ。スポーツライター。レスリング、ムエタイなど格闘技全般を中心に執筆。最近は柔道、空手、テコンドーも積極的に取材。2008年に『吉田沙保里119連勝の方程式』(新潮社)でミズノ第19回スポーツライター賞優秀賞を受賞。他に『なぜ日本の女子レスリングは強くなったのか 吉田沙保里と伊調馨』(双葉社)など。2019年より『格闘王誕生! ONE Championship』(テレビ東京)の解説を務めている。
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