その後の軌跡はいまさら語るまでもないが、24thシングル『上からマリコ』以外の全てのシングル曲で選抜入りを果たし、一部楽曲を除いてセンターを務め上げ、AKB48のエースとして7年もの間グループを牽引してきた。

 他方、AKB48主演のドラマ『マジすか学園』での主演をはじめ、個人としても映画「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」やドラマ『Q10』(日本テレビ系)など女優としての活動やメディア出演も増加していった。同時に前田敦子としてソロデビューを果たすなど多岐にわたる活動を行っていた。

 このようにグループの裾野を広げる活動を積極的に行っていくことで、グループの知名度も高まり、前田の活躍をきっかけに新たなファン層を獲得することも多かった。

 しかし一方で、AKB48の象徴としてメディアでも語られることが多かった前田は、各所で称賛とともに数多くの批判にさらされた。メディアでのパフォーマンスを指して省エネダンスと揶揄されるなど、世間には厳しく受け止められ、同時になぜこの子がセンターなのかといった言葉も飛び交った。

 なぜ笑顔だけが取り柄の普通の女の子だった前田敦子が、国民的グループのセンターになることができたのだろうか。それにはAKB48が持つ文脈を考えたうえで、その答えが見えてくる。

(文=川崎龍也)
 

アイドルセンター論

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