高橋みなみ大島優子といった強烈な個性を持ったメンバーではAKB48というグループの性質を正確には表現することができなかっただろう。彼女たちであればきっとグループとしての完成度は極まるだろうが、それはAKB48のフォーマットにはそぐわない。

 また、メンバーからの「何を考えているのか分からない」という評価に対しても、前田は「何も考えてないのかもしれないです、もしかしたら(笑) 私は何も考えないでいっちゃうタイプなんですよ。」(『Quick Japan』 Vol.87より)と平然と無邪気に答えてしまうメンタルもセンターたる理由だろう。

 前田はAKBのドキュメンタリー性に対応する柔軟さと重圧に耐えうるメンタルを兼ね備えていた。

 彼女を語る際に捉えどころないような魅力と漠然とした解釈が行われるのは、表層的な魅力だけではいまいち彼女の存在を捉えることが難しいからもある。その意味で前田に対する歌やダンスの巧拙といった表層的な批判は正確な指摘とは言えない。

 前田のような存在はAKB48がセンターとして求めていたものだった。前田敦子はセンターになるべくしてなったといえるだろう。

 周知の通り、前田ともにAKB48は、普通の女の子が絶対的なセンターへと成長していく過程をドキュメンタリーとして見事に示してくれた。前田敦子とAKB48はまさに表裏一体の関係性である。

(文=川崎龍也)
 

アイドルセンター論

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