宮脇咲良がHKT48・AKB48に残した功績とIZ*ONEの活動を通して示したアイドルの可能性の画像
※画像は宮脇咲良のインスタグラムアカウント『@39saku_chan』より

 2021年6月19日に開催された『宮脇咲良 HKT48 卒業コンサート ~Bouquet~』をもってHKT48を卒業した宮脇咲良。HKT48の顔でありながら、AKB48の中心として活躍、さらにはIZ*ONEのメンバーとしてグローバルな活躍をしてきた日本のアイドルを象徴するひとりのアイドルの卒業に惜しむ声も多い。10年という節目に決意したアイドルからの卒業。ここではアイドル・宮脇咲良が10年間のアイドル人生を振り返ってみたい。

 平均年齢13.8歳という当時の48Gで最も若いグループとして2011年に結成されたHKT48の1期生として加入した宮脇。2014年にAKB48の38thシングル『希望的リフレイン』で渡辺麻友とWセンター、10周年の記念シングルとしてOGも参加した43rdシングル『君はメロディー』で初の単独センター、48thシングル『願いごとの持ち腐れ』では松井珠理奈とWセンター、活動休止前最期のシングルとなった54thシングル『NO WAY MAN』で単独センターと、多くのAKB48表題曲でセンターを務め、グループの顔として活躍。それに比べてHKT48では兒玉遥とのWセンター曲『12秒』のみとなっているが、2つのグループを行き来しながら多くの経験をHKT48へ還元してきたメンバーでもある。

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