■当時の櫻井は完ぺきにキャスターだった

 そんな決心で挑んだ3月14日の『NEWS ZERO』で、櫻井は、

「実は、2004年10月に発生した、新潟中越地震でこんなことが起こりました。見えない在庫という問題です。個人から届いた大量の救援物資の内容を把握できず、役所の集積場所で物資が滞り、最終的に被災者に物資が届かない事態が発生したのです。そのため、個人が物資をむやみに送ると、被災地が混乱し、結果的に負担を増してしまう恐れがあるのです」

「NGO団体の多くは、個人としてのボランティアは時期尚早であるという見解を示しています。各市町村の社会福祉協議会やNGO団体は、被災地で今何が必要なのか確認している最中であり、この確認を終え、体制が整うまで、ボランティアの人たちを受け入れることが出来ないと言います。首都大学東京、都市環境科学研究家の中林教授によれば、今求められているのは被災地が支援を受けるための受援システムの構築であると言います。受援システムとは救助や医療、物資など被災地が円滑に受け入れる体制のことです。

 では、今私たちに何が出来るのでしょうか。思いが届いて、うまく使ってもらえるのが義援金です。各NGO団体や日本赤十字社など、ホームページで詳細をご確認ください」

 と、「ボランティア」と「物資」についてしっかりと重要な情報を発信。キャスターとしての責務を果たした。

 02年に『木更津キャッツアイ』(TBS系)で櫻井と共演した酒井若菜(40)は、当時のオンエアを振り返って、

《震災後、初めてテレビに出た芸能人は彼だった。目を腫らした顔が忘れられない。記者であり芸能人であり畏友である彼が紡ぐ言葉に喫茶店で涙がとまらなくなった。人前に立つ仕事をしている意味と、一人の人間としての在り方。最後の一文が頭から離れない。綴られている覚悟が多くの人に届きますように。》

 と、3月11日、櫻井が表紙の『NewsWeek』の写真を添えて綴っている。

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