これまで何度も見た美しい放物線、うなりを上げる剛速球――。天才はどのように自身を魔改造してきたか。
今季は打者専念で、未踏の地平を切り拓く“リアル二刀流”ドジャース・大谷翔平(29)がまた一つ、偉大な記録を塗り替えた。
「4月21日(現地時間=以下同)のメッツ戦で放った今季5号は、これまで175本で日本人最多だった松井秀喜の大リーグ通算本塁打記録を更新するメモリアルな一発。
この時点で打率でもナ・リーグトップに立つなど、日本人初の三冠王も射程に捉えています」(スポーツ紙大リーグ担当記者)
大リーグで本塁打王に輝くとは
思えば、12年前のプロ入り当時、すでに超高校級の“怪物”だったとはいえ、まだ線も細く、その体つきは発展途上。
かねてより二刀流に肯定的だったどんな識者でも、大リーグで本塁打王に輝くとまでは、よもや思いもしていなかったことだろう。
母校・花巻東の佐々木洋監督が、大谷をして「本当は私が育てたと言いたいところだが、最初から、ああいう人間だった」と評するほど、自発的に考え、それを行動に移す才能に恵まれていたのだ。
「遊びたい盛りの10代後半から10年以上にもわたって、生活のすべてを野球に全振りするなんてことは、プロ選手でも、なかなか真似できませんからね」(スポーツジャーナリスト)
菊池雄星を超える“ドラ1・8球団”
そんな稀有な才能を象徴的に示すのが、菊池雄星(32/ブルージェイズ)を超える“ドラ1・8球団”を最終目標に書いた、通称“マンダラチャート”だ。
実に72項目にも及ぶこれらを、なんと彼は卒業までに、あらかたクリア。
最難関と思われた「スピード160km/h」も、高3夏の岩手県大会準決勝で見事に達成してみせた。
「高校時代の彼は、成長痛の一種である骨端線損傷の影響でトータル1年近く投げられない時期もあったが、その間は体づくりに専念。
丼にして朝3杯、夜7杯の白飯を食べ続ける“食事トレ”も功を奏して、体重は入学時の66キロから20キロも増えました」(前同)
甲子園は初戦敗退
しかし、高校球児の夢である全国制覇を達成することはできなかった。
「2度の甲子園はいずれも初戦敗退でしたが、結果的に勤続疲労を防ぐことができたのも、その後の彼には大きなプラスになったと言えるでしょう」(同)
ちなみに、常人離れした彼の“出力の高さ”を下支えしているのが、193センチの恵まれた体躯と他を圧倒する生来の身体能力。
とりわけ、肩甲骨の可動域の広さと股関節の柔らかさは、天賦の才と言える。
「花巻東のコンディショニングコーチを務めた小菅智美氏は、そのポテンシャルを“他の競技者には失礼だけど、たぶん何をやっても、その競技のトップクラスになれる”と断言。当時の彼は才能一本で野球をしていたんです」(同)