日本ハムに1位指名されて

 しかし、日本ハムに1位指名された2012年のドラフト時点での選択肢は、「投手一本で大リーグ挑戦」のみ。もし、そこで彼の翻意がなければ、“二刀流”は今も絵空事だったに違いない。

「打撃は今でも野球少年みたいな顔でやっているけど、投手は難しい顔をして、仕事でマウンドに立っている感じがする」

 かつて恩師・佐々木監督がそう語ったように、二刀流を開花させた今も大谷の“本業”は投手。

 大リーグでもプレーした元阪神の藪恵壹氏は、そんな大谷の投手としての変遷を次のように指摘する。

「花巻東の頃は全体的に線が細く、メカニックへの意識もまだ、そこまでは感じられない。日本ハム時代に関しても、高校時代と比べれば筋量も増えて体つきこそ大きくなってはいるが、まだ才能だけで抑えているといった印象が強かった」

 まさに天性の柔軟性だけで打者を蹂躙していたのだ。

「特に肩関節の柔らかさには目を見張るものがあります。右手を内側にひねりながらトップに達し、鞭のようなしなりで速球を投げる。

 お手本のような動きでした」(スポーツ科学博士)

 藪氏によれば、プロとしての本当の勝負は、「才能だけでは太刀打ちできなくなる、5〜6年目以降」。

 それまでに、いかに知識を自身の血肉に変えて、心・技・体をアップデートし続けられるかが、選手寿命を延ばす秘訣でもあるという。

「ちょうどプロ6年目の渡米後に、筋骨隆々になっていることからも、彼が、そのあたりを意識していることは明白です」(前同)

左腕を高く上げる、最強のシーソー投法

 1度目のトミー・ジョン手術で物理的な“時間の余裕”ができたこともフォーム変更のきっかけだと言う。

「術前と術後のフォームを見比べても、術後のほうが圧倒的に良くなっているからね」(同)

 確かに、同角度からの写真(最終ページの表参照)を比較すると、術後はグラブを持つ左腕の位置が高く、逆に右腕はかなり下がっている。

 一方、高校時代から術前までは、一貫して両肩が地面に対して平行だ。

「日本の柔らかいマウンドなら、踏み込んだ前足が沈み込むから、その間にタメを作る時間も稼げるけど、マウンドが硬いと無理。だから、向こうの投手はみんな、タメを諦めてショートアームにするんだよ」(同)

 実際、近年の大リーグでは、小さいテークバックで素早くトップを作る、このショートアームが流行中。

 肩肘のケガの予防にもなるため、大谷のように一度でも肘にメスを入れた投手にもメリットがある。

「日本ではいまだ“マウンドの傾斜に沿って、両肩はなるべく地面と平行に”と教える指導者も少なくない。“そのほうが効果的に、しなりを使える”と言う人もいるけど、肩肘への負担は増えるし、動作としてムダが多い。リスクの多さに比べて、メリットが少なすぎるんだよね」

 こう力説する藪氏によれば、「左腕はもっと高く上げてもいい」のだとか。

「最初に高く上げておけば、その反動と脇腹の伸縮を利用して、上から強く叩けるでしょう。要は公園のシーソーと同じ。

 一方が下がれば、もう片方は自然と上がる。単純なようだけど、高い出力を生むための動作としても、それが最も理に適っている」

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