迎えた2014年6月12日。イタリアのリミニで開催されたWBCでファイナルまで駆け上がった井崎は、晴れやかな気持ちで決戦に臨んでいた。やることはひとつ、自分が心の底から正しい、素晴らしいと思うことを伝えること。

 それは全て、コーヒーに凝縮されていた。井崎が選んだのは、コスタリカのモンテ・コペイの生産者、エンリケ・ナヴァロ氏のコーヒー豆。井崎が初めて出会った同年代の生産者で、意気投合した二人は、時にぶつかり合いながらも議論を尽くし、このWBCに向けてベストの状態に豆を仕上げてきた。

 プレゼンで、井崎は4人の審査員にこう伝えた。「私もエンリケも、この生産者とバリスタの関係性が、未来のバリスタと生産者のロールモデルになりうると信じています。消費者のニーズを知るバリスタが、生産者と一緒にコーヒーを作ることで、よりお客様に沿ったコーヒーをご提供できます。私たちは、人種も、言葉も、肌の色も違うかもしれません。しかし、素晴らしいコーヒーを作りたいと願う情熱は、そんなものを飛び越えて人と人を結びつけてくれるのだと改めて実感しました」

 ファイナリスト6人のなかから、審査員がチャンピオンとしてコールした名前は、井崎英典。史上初めて、アジア人として世界のバリスタの頂点に立った瞬間だった。

 この日から、井崎の生活は一変した。大会終了直後から、WBCの優勝者として世界を巡り、デモンストレーション、プレゼンテーション、シンポジウムへの出席、製品のプロモーション、製品開発、コンサルタント、バリスタトレーニングとめまぐるしい毎日。大会終了後から2015年4月までの11カ月で、海外出張はおよそ300日に及んだ。

 この多忙を極める日々のなかで、これから自分が歩むべき道筋が見えた井崎は、2016年1月、「コーヒーの価値を高める」ことを目標に掲げて、「サムライコーヒーエクスペリエンス(SAMURAI COFFEE EXPERIENCE)」を立ち上げた。独立後の活躍は冒頭に記したとおりだが、まだ書き残していたことがある。

「コーヒーの価値を高める」ことは、井崎ひとりではできない。そのために、井崎はいまバリスタのコーチングに力を注いでいる。その成果は、早くも出始めている。井崎が指導した日本、イタリア、スイスのバリスタが各国の大会で優勝し、今年6月に開かれるWBCに出場するのだ。

「大会当日が大変ですね」と言うと、井崎は嬉しそうに笑って、こう話した。「いまは、バリスタの教育コンサルタントとして、世界で断トツのナンバーワンを目指しているんで」

取材・文/川内イオ

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