ももクロとモノノフが体現した「プロレス」的なアイドルとファンの一体感 平成アイドル水滸伝 第8回 ももいろクローバーZとAKB48~ファンと平成女性アイドル【前編】の画像
※画像はMOMOIRO CLOVER Z BEST ALBUM 「桃も十、番茶も出花」<通常盤>より

平成アイドル水滸伝~宮沢りえから欅坂46まで~
第8回 ももいろクローバーZとAKB48~ファンと平成女性アイドル【前編】

紙テープとペンライト

『哀愁のシンフォニー』という名曲がある。1976年の発売で、歌ったのはキャンディーズ。そう、突然の解散宣言が社会現象になり、後楽園球場でのファイナルコンサートがいまも語り継がれるあのアイドルグループ、キャンディーズだ。

 この曲がコンサートで披露されるときには、ひとつ決まり事があった。「こっちを向いて~」というサビと同時に、客席のファンから三人のメンバーに向かってそれぞれのイメージカラーである赤、青、黄の大量の紙テープが投げ込まれるのだ。しばしばステージは、紙テープで足の踏み場もないほどになった。

 その際注意事項としてあったのが、「紙テープの芯を抜く」ことである。間違ってステージ上のアイドルに当たるとケガをしてしまう場合があるからだ。実際、松田聖子がデビューしてまだ間もない1980年代初頭、地方でのコンサート中に紙テープが目に当たって病院に運ばれるアクシデントが起こったりもしている。

 このように、紙テープでの応援はキャンディーズに限ったものではなく、広くおこなわれていた。紙テープは「昭和」のアイドルを応援する必需品だったのだ。

 いまは、そうした習慣も目にしなくなった。代わってアイドルの現場は、ペンライトが彩るようになった。客席を埋めつくすペンライトの色とりどりの光は、いまやライブに欠かすことのできないものになっている。グループによって応援カルチャーの違いはあれども、ファンはペンライトを振り、自分が推すアイドルに声援を送る。

 紙テープからペンライトへ。その変化にそれほど大きな意味はないのかもしれない。しかし、この二つのアイテムは、「昭和」と「平成」でのファンの立ち位置の違いを象徴しているようにも思える。

 紙テープは、昭和のスター時代の名残を感じさせる。スターと同様、アイドルにもまだ遠い憧れの存在という感覚が当時はあった。だから直接アイドルに触れることは叶わないまでも、なんとか少しでも近づきたいという思いが紙テープを投げ込むという行為に表れたのではないか。

 一方、ペンライトは逆だ。紙テープの場合はアイドルが主体だが、ペンライトの場合はむしろファンが主体になっている。暗い客席からペンライトを振るとき、そこにはファン同士の一体感もあるが、ファン一人ひとりにとって「私はここにいる」という秘かなアピールにもなっているように思う。

 裏を返せば、そこにはアイドルが自分のほうに近づいてきてくれるという期待と確信のようなものが隠れている。「アイドルとともにいる」感覚。それこそが「平成」のファンが得たかけがえのないものだろう。その感覚を確かめ、さらに育んでいく場がたとえばライブであり、握手会だ。

 今回は、そんな平成におけるファンのありかたを考えてみたい。メインとして取り上げるのは、ももいろクローバーZとAKB48である。

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