宮沢りえ
※画像は宮沢りえのデビューシングル『ドリームラッシュ』より

80年代アイドル美女黄金白書

最終回・宮沢りえ

 80年代アイドルを語る上で欠かせない歌番組『ザ・ベストテン』(TBS系)は、80年代とともに終わっている。1989年9月28日に放送された最終回のチャートに、デビュー曲がランクインしながら、「出演しない」という選択肢を選んだ新人アイドルがいた。それが宮沢りえ(45)である。

 彼女こそ、最後の80年代アイドルといってもいい存在だろう。ただし、大人気歌番組の最終回という、普通のアイドルならノーギャラでも出たい席に顔を出さなかったことからも分かるように、そのキャリアは、それまでの80年代アイドルの常識をぶち破ったものだった。

 彼女の存在が注目されたのは、まだ14歳だった87年。「三井のリハウス」のCMがきっかけだ。以後、映画『ぼくらの七日間戦争』、ドラマ『青春オーロラ・スピン スワンの涙』(フジテレビ系)、資生堂やポカリスエットなどのCMとメディアでの露出が続き、“噂の美少女”の名前は短期間で全国に広まった。

 次世代のトップアイドルとして、業界全体の期待を背負った彼女は、元号が平成に変わった80年代最後の年に待望の歌手デビュー。その第1弾シングル『ドリームラッシュ』は、後に一世を風靡する小室哲哉(60)によるプロデュースだった。

 この曲は、オリコンで最高2位のヒット。世はバブル経済絶頂期。彼女の持つ華やかさは、そんな時代に見事にマッチしていたのだ。そして、以後は次々と話題を提供していくことになる。

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