■元祖・二刀流は“カネやん”!

 6位は昭和の大エース、金田正一。弱小だった国鉄でキャリアをスタートし、前人未到の400勝投手に。

「ダブルヘッダー1試合目で完投、2試合目も途中で“俺が投げる”と登板して勝利投手になったこともありました」(ベテラン記者)

 投げるだけでなく、代打で本塁打も放った。

「元祖・二刀流は金田さんですよ。味方の援護がなく、自分で打って勝った試合もありました」(江本氏)

 この二刀流を受け継ぎ、日本からメジャーに羽ばたいたのが7位の大谷翔平だ。現役選手では、唯一のトップ10入りを果たした。

「近年、大谷ほど夢を見させてくれた若者はいない。同じ日本人として誇らしい」(警備員=58)

 前出の川崎氏も、「マウンドで165キロを投げ、打席に立てばホームランを連発。“化け物”です」と、大谷の規格外の才能に脱帽する。

 8位に入ったのは、“番長”清原和博だ。

「個人タイトルには無縁だが、ドラフトの涙から始まり、記憶に残る印象的なシーンが多い」(会社員=53)

 事実、通算サヨナラ安打&本塁打は史上最多。オールスターで7度MVPに輝くなど、ここぞの場面で活躍。ヤンチャな性格を含め、ファンから愛された。

「清原さんが打つと、日本中が盛り上がってもおかしくないというスーパースター。相手チームを静かにさせておくためにも、厳しく攻める必要がありました」(川崎氏)

 清原同様、“ヤンチャな週刊誌”の本誌ならではのランクインとなった(?)のが、9位の江夏豊

「顔だけで若い打者をビビらせていた。ド派手な私服姿がまたカッコよくて、しびれたね」(画家=68)

 もちろん、選手としても一流。オールスター9連続奪三振、日本記録の年間401奪三振を樹立。“史上最高左腕”は、常に真っ向勝負で戦う“漢”だった。

 10位には、捕手として初のランキング入りとなった野村克也。パ初の三冠王、歴代通算2位の本塁打数を記録した“史上最高の捕手”だ。だが、「人気のセ、実力のパ」の時代、南海の野村は、成績に見合った評価を得てはいなかった。

「ノムさんは、人気のないパで大記録を次々と打ち立てても大きく騒がれなかった。本人も言っていましたが、月夜に咲く月見草のような花でしたね」(江本氏)

 その後、指揮官としてヤクルトと楽天を3度の日本一に輝き、「名将」の名を手にしたノムさん。「雑草でも努力すれば成功できると励みにしていた」(調理師=53)という声にも納得だ。

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