■不調の王に非情のバント指令

 7月13日の中日戦では、ついに6番に降格。打率も.260台まで落ちた。その影響か、同月15日には、のちの“世界の王”からは信じられない場面も飛び出す。王にスクイズのサインが出されたのだ。

「早実(早稲田実業高校)は、バントを使う作戦が多かったので、バントの練習は、たくさんやっていましたから……」(王氏)

 その言葉通り、生涯唯一のスクイズを見事、成功させた王。この年、不調に苦しんだが、オールスターゲームにファン投票で初選出される。球宴通算13本の本塁打と3度のMVPを誇る王だが、オールスターデビュー戦は意外にも、3試合とも代打で出場し、3打数ノーヒット。悔しい結果に終わった。

 8月に入ると、7試合で22打数7安打2本塁打を記録。ようやく復調の兆しを見せる。

 迎えた9月6日の広島戦。4回2死満塁、王は苦手としていた“カープ史上最速”と評される大投手・大石清と対峙する。大石は、4回2死二・三塁の場面、打順が回ってきた長嶋を当然のように歩かせ、王との勝負を選択したのだ。

 初球を鋭く振り抜くと、打球はライトスタンドへ。王が放った記念すべき第1号満塁ホームランだった。

 ちなみに王は、プロ生活で通算15本の満塁ホームランを記録しているが、これは、2015年に西武・中村剛也に抜かれるまで、41年間、破られることのなかったプロ野球記録だった。

 この日、報知新聞の取材に王は、こう答えている。

「オールスターで、山内和弘さん(大毎)のフォームから、何か取り入れようとしたのが失敗でした。山内さんは下からしゃくりあげるほうだし、僕は上から叩く。逆ですものね。川上さんからは“腰が早く開きすぎることと、バットを引くとき、左肘をもっと水平に後ろに引け”と言われていました」

 この川上ヘッドコーチの“金言”が功を奏したのか、9月21日の阪神戦では、阪神のエース・村山実からプロ入り2本目となる満塁ホームランを放っている。

 2対2で迎えた延長10回裏、1死三塁から前を打つ与那嶺要と長嶋を連続敬遠され、挑んだ打席でのことだった。

「満塁でしょう。カウントは1‐3(ワンストライク、スリーボール=以下、カウントの表記は当時のもの)になった。村山さんにすれば、押し出しは避けたいから、フォークボールはないと思い、ストレートを待っていた。直球が高め、ベルトあたりかな。苦手の内角球にも、うまくバットが出たと思います」

 後年、王はこう述懐しているが、実際には1‐3からフォークをファウル。フルカウントからの6球目をホームランにしていた。

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