■陸上100m走にたとえると8秒台の偉業

 まず、羽生九段の若き日から“現場”で取材していたベテラン将棋観戦記者の椎名龍一氏に、データ面から2人の強さを比較してもらった。

「デビューから5年半が経過した藤井さんの通算勝率は8割3分5厘。これは同じ時期の羽生さんの勝率7割6分を圧倒する数字です。陸上競技の100メートル走にたとえると、人類未到達の8秒台を記録したくらいの異常な高勝率を、藤井さんは叩き出しているんです」

 ただし、羽生九段も七冠を制覇したときは藤井五段に匹敵する、年度別勝率8割3分6厘という成績を残しているのだ。

 かように、データ上では拮抗している両者だが、椎名氏は、もし仮に羽生七冠と現在の藤井五冠が直接対決したとすれば「藤井五冠が勝つ」と語ったうえで、こう続ける。

「勘違いしないでいただきたいんですが、現在の羽生九段が七冠時代の羽生さんと戦っても、やはり今の羽生九段が勝つんです。今と昔では将棋の研究環境に大きな差があり、序盤戦術もはるかに進んでいます。羽生さんの全盛期には、“将棋AI(コンピューター)”を使った研究はまだなく、棋譜をコピーして、盤面に駒を並べて研究するアナログ的な方法しかありませんでした」

 その研究効率の差が、藤井五冠に有利に働くというのだ。それほど、AI研究は両者の勝負に影響を及ぼすというわけだ。

 本誌の詰将棋連載でもおなじみの佐藤義則九段は、次のように解説する。

「AIは、“こう指せば勝つ確率が上がる”という必勝法を教えるのではなく、これまでの定跡にとらわれず、“こんな指し方だって有効かもよ”と、問題提起をしてくれる存在です」

 そうした可能性の追求と研究を重ねることこそが、藤井五冠が新時代を築けた理由の一つだという。

「定跡にはない一手を繰り出すので、従来の棋士は対応が難しいどころか、研究で学んだことや、これまでの経験が、逆に“縛り”となって不利に働く場面も出てくるんです」(前同)

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