■羽生九段に勝つ“有効な一手”

 では、全盛期にAI研究がなかった羽生九段に、勝つ術はないのか。

「そうとは言い切れません。羽生さんの強みは、相手によって大胆に戦型を変えることができるオールラウンドなところ。もし、定跡の中に埋もれている未発見の“有効な一手”を見つけて、それを藤井さんへ繰り出したら、戦局が変わる可能性だってあります」(同)

 前出の椎名氏も、これに賛同する。

「もし羽生さんが生まれてくるのが30年遅く、藤井さんと同じ研究環境で育っていれば、両者は互角の戦いを繰り広げるライバルだったのではないかと想像します」

 のみならず、羽生九段が持つ“勝負師”としての一面が強みになるという。

「羽生さんの若い時期は、粗削りで勢いのある指し方が見られました。かつて、鋭い眼光を対局相手に向けた“羽生にらみ”なんて言葉もありましたが、羽生さんは闘志に燃える気質なので、相手が強いほど、自身の強さを引き上げる可能性があります」(前出の佐藤九段)

 それに対して、藤井五冠は、対局相手よりも将棋盤と対峙する気質のようだ。

「藤井さんは、いわば“追求者”。常に最善手を指し続けようと、盤を見つめて、将棋の真理を追究しています。安定感のある完成された強さです。なので、強敵を前にして勢いに乗った羽生さんを、藤井さんは受け止め切れるか。それが、この対局の見どころの一つになるのではないでしょうか」(前同)

 では、他に勝負を左右する要素はないのか。これまで数多くの棋士を撮影してきたカメラマンで、自身も将棋六段の腕前を持つ弦巻勝氏が指摘したのは、羽生九段の“終盤の強さ”だ。

「明らかに羽生さんの才能ですよね。特に、勝負際の攻め方が鮮やかです。きっと全盛期には、打ち出の小槌みたいに、いろんなアイデアの攻め方が頭の中に浮かんでいたはず。プロ棋士の中でも、これほどの才能を持つ人は、めったにいません」

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