しかし、天下の大御所様(家康)が幸村ふぜいに蹂躙されたとあっては一大事。後世、そう考えた人がいたという。跡部氏は続ける。

「小寺玉晁(こでらぎょくちょう)という江戸時代の好事家が、大坂夏の陣のとき、家康公が側近の本多正純(伊東孝明)に自分の床几(椅子)を預けていたと書いています。家康は初めから、本陣に替え玉として本多正純を置いていたというんです。つまり、幸村に翻弄されたのは正純であって家康ではない――こうして負け惜しみ気味の詭弁を弄しているあたり、それだけ幸村の猛攻が凄まじかった事実を物語っていると言えます」

 はてさて、再び家康の影武者が登場するのか。幸村の獅子奮迅の活躍とともに、期待したい!

(9)神回「犬伏の別れ」は大反響! 「真田家の絆」」の最後は?

 『真田丸』ファンの間で“神回”と呼ばれているのが第35回「犬伏」だ。松村さんが、得意の昌幸のモノマネで、その名シーンを再現してくれた――。「源三郎(信繁の兄・信幸、大泉洋)、源次郎(信繁)、よく聴け。我らはこれより徳川と戦う。だが、豊臣につくわけではないぞ。必ずや世は乱れる。わしはそれを見計らって一気に甲斐と信濃を手に入れる」

 ところが、信幸は徳川に残るという。関ヶ原の合戦を控え、昌幸と信繁が豊臣、信幸が徳川へ、親兄弟で敵同士に分かれることになる戦国の名シーン、犬伏の別れだ。松村さんは話す。

「信幸が徳川に残るといったのは、敵味方に別れるためではなく、それこそ真田が生き残る道だからだったんでしょうね。この回は、兄・信幸が主役の回。心打たれました。映画『清須会議』を撮った三谷さんらしいですよね。戦国時代といえども会議が大事。『踊る大捜査線』(フジテレビ系)の逆。“事件は会議室で起きている!”というわけですよ(笑)」

 真田家の絆を象徴する名シーンだが、天王寺の合戦では、徳川方の大名として参戦した信幸(関ヶ原後に信之と改名)の2人の息子(信吉、信政)が幸村に翻弄される。「幸村を大将とする天王寺口で毛利勝永に蹴散らされ、信吉は家臣を身代りにして前線から退いたといわれています」(跡部氏)

 最後でぶつかり合う真田家。はたまた幸村を救い出そうとする兄・信之は、どう出るか? 最終回が見逃せない!

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