■猪木と結婚時、倍賞美津子のスペックは川栄李奈と同じ?

 オカダの例を挙げたものの、プロレスラーがアイドルと結婚するようになったのは今に始まったことではない。なぜなら、アイドルと結婚した日本のレスラーの元祖はアントニオ猪木だからである。

 今から50年近く前の1971年に、女優の倍賞美津子と“1億円結婚式”と呼ばれた豪華な結婚披露宴を行っている〈*〉。

 後の熟女イメージが強く、倍賞美津子に“アイドル”という言葉とは馴染まないと考える人も多いだろう。だが、松竹歌劇団出身の彼女は当時24歳で、映画デビューから4~5年の若手女優だった。

 歌って踊る多人数グループ出身、本格映画デビュー作から4~5年を数える24歳の女優。今で言えば、川栄李奈(元AKB48)のプロフィールと合致するのである。いささか強引だが、当時の倍賞美津子は立派なアイドルだった……と、考えたい。

 さすが世界の“燃える闘魂”である。なお、この結婚は猪木が日本プロレスを追放され、新日本プロレスを旗揚げする前後というタイミングだった。

 これに続いたのが、当時は国際プロレスに所属していたマイティ井上だ。東京12チャンネル(現・テレビ東京)の超人気ドラマ『プレイガール』に出演していた女優の西尾三枝子と80年に結婚〈*〉。当時、国際プロレスはテレビ東京で放送されており、『プレイガール』の放送はすでに終わっていたが、西尾とはざっくりと“テレ東つながり”だった。

 88年、まだ2代目タイガーマスクだった頃の故・三沢光晴が結婚した相手は、「椎名友美」という芸名で女優活動をしていた女性。『ザ・サムライ』、『肉体の門』といった映画や何本かのテレビドラマに出演した記録があるが、現在はこの芸名でググっても顔写真も検索できない。

 また、92年に新日本プロレス時代の武藤敬司が結婚した相手も、人々の記憶に残るような実績はないが、何らかの芸能活動をしている女性だとされた。

 三沢、武藤と同年代のも大物レスラーである高田延彦も続いた。UWFインターナショナルのエースだった94年、ラジオ番組『ミスDJリクエストパレード』(文化放送)出身で、グラビアアイドル的な活動もしていた向井亜紀と婚姻届を提出。向井は170cmの長身で、“大型カップル”と報道された。

 また、同じ年に新日本プロレスの所属だった馳浩が、タレントの高見恭子と再婚している。

 2000年、新日本プロレスの“野人”中西学は、近藤典子という女優と結婚している〈*〉。この女性は元プロ野球選手・監督である近藤昭仁の娘で、『踊る大捜査線』(フジテレビ系)などに出演歴があった。

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