■70年代~80年代中盤〈ニューミュージックの時代〉

70年代アイドルからおニャン子まで。戦争を知らないアイドルキラーたち

 70年代にフォークソングのブームがあった。それまでのフォークは反体制、反商業主義といったキーワードとリンクしたものだったが、この時代はそれとはニュアンスを異にした。日常的な風景や心情を歌う曲が増え、商業的にも成功しビッグマネーを掴むミュージシャンが何組も現れる。また、ぼちぼちとロック系のミュージシャンも登場。それらはやがて、ひっくるめて「ニューミュージック」と呼ばれるようになる。

 さらに70年代後半から80年代半ばにかけては、フォーク、ロックに限らず、フォーク、ロック以外の系統でも、シンガーソングライターだったり、バンド形式だったりするミュージシャンの楽曲は、ざっくりと「ニューミュージック」とカテゴライズされ、若者が聴く音楽の主流に君臨した。シーンの状況は何度か変わったが、「ニューミュージック」の時代はバブル前夜の80年代半ばまで続くことになる。そして、そのなかにもアイドルや女性歌手、女優を結婚相手に選んだ人物がゴロゴロいる。

72年▶吉田拓郎&四角佳子(六文銭)〈*〉
74年▶後藤次利(元サディスティック・ミカ・バンド)&玉井タエ(シモンズ)〈*〉
77年▶ばんばひろふみ(バンバン)&平山みき〈*〉
77年▶吉田拓郎&浅田美代子〈*〉
78年▶井上陽水&石川セリ
80年▶桑名正博&アン・ルイス〈*〉
81年▶長渕剛&石野真子〈*〉
82年▶柳ジョージ(柳ジョージ&レイニーウッド)&浅野真弓
82年▶甲斐よしひろ(甲斐バンド)&竹田かほり
82年▶山下達郎&竹内まりや
83年▶後藤次利(元サディスティック・ミカ・バンド)&木之内みどり〈*〉
85年▶芳野藤丸(SHŌGUN)&石田えり〈*〉
86年▶吉田拓郎&森下愛子
87年▶長渕剛&志穂美悦子
87年▶石橋凌(ARB)&原田美枝子
87年▶陣内孝則(元ザ・ロッカーズ)&秋山絵梨子(元シャワー)
91年▶玉置浩二(安全地帯)&薬師丸ひろ子〈*〉
94年▶後藤次利(元サディスティック・ミカ・バンド)&河合その子
10年▶玉置浩二(安全地帯)&青田典子(元C.C.ガールズ)

 “アイドル”という言葉の普及、アイドル歌手のスタイルの完成は70年代である。この連載では、“アイドル”の枠を大きく広げているが、狭義の“アイドル”と結婚した最初のミュージシャンは吉田拓郎だといっていいだろう。吉田は、83年に浅田美代子と離婚後、今度は森下愛子と再婚。彼女は10代でデビューし、アイドル的な人気を博した女優だ。

 後藤次利は、“アイドルキラー”と呼ばれた人物だ。70年代アイドルの木之内みどりと婚姻関係にあったが、堀ちえみと不倫関係が報道されたあとに離婚。その後、ソングライターとして深く関わっていたおニャン子クラブの会員番号12番・河合その子と結婚している。

 興味深いのは、吉田拓郎、後藤次利は、浅田美代子、木之内みどりと結婚する前に、それぞれ別のフォーク系歌手と結婚していた……という共通点があることだ。

 また、井上陽水のバックバンドを務めていた安全地帯の玉置浩二は、80年代のカリスマ的アイドル女優・薬師丸ひろ子と結婚。98年に離婚したあとは、別の女性との結婚・離婚を経て、今度はC.C.ガールズの青田典子と籍を入れている。

 当初はフォーク路線だった長渕剛は福岡を拠点としていた時期から石野真子のファンだったという。そして、上京後に売れっ子となって、その石野と結婚。アイドルファンの夢を叶えた人物といっていい。

 ブルース系ながらニューミュージックとして扱われた柳ジョージが結婚した浅野真弓は、NHK少年ドラマシリーズ『タイムトラベラー』で人気を博し、その後『ウルトラマン80』(TBS系)に出演していた女優。甲斐よしひろのパートナーである竹田かほりは、松田優作主演『探偵物語』(日本テレビ系)で知られる若手女優だった。

 結婚はすでに俳優転向後のことだったが、ザ・ロッカーズの中心人物だった陣内孝則の相手は、「シャワー」というアイドルグループの一員だったモデル。82年デビューの「シャワー」はまったく売れなかったが、当時としては極めて珍しい6人組ユニットであることが特筆点だ。そこには、現タレントのRIKACOも在籍していた

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