浅田真央
浅田真央

 政治面での対立が続く隣国との関係。しかし、アスリートの世界でも壮絶な戦いが繰り広げられてきた――!!

 日を追うごとに悪化し続ける日韓関係――。その影響は、今やスポーツの分野にまで広がっている。最近では、韓国が「東京五輪への旭日旗持ち込み禁止」をIOCに訴え、世間を騒がせた。「韓国では、スポーツのチームが、日本との対戦や訪日遠征を取りやめるケースも出ています。あげくは、“東京五輪ボイコット”の声まで上がっている。スポーツと政治は別。切り離して考えてほしいが、日韓スポーツ対立を仕掛ける黒幕がいるのではないですか……」(全国紙記者)

 だが、これまでの歴史を振り返ると、スポーツ界での日韓の対決が、ある意味“代理戦争”のようになっていた面もあるという。「韓国の選手は、どの競技でも“日本だけには負けない”と、目の色を変えてきた。そこには、スポーツの勝負以上の思いがあったのは事実でしょう」(スポーツジャーナリスト)

 そうして、日本対韓国の対決はヒートアップ。数々の激闘が生まれたのだ。まず思い起こされるのは、野球。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での戦いだ。2006年開催の第1回大会、王貞治監督率いる日本代表は、韓国代表と3度対戦。それぞれのメンツをかけた熱戦を繰り広げた。この大会で正捕手だった野球評論家の里崎智也氏は、こう証言する。「正直、僕らは韓国は眼中になかったです。目指すは世界一ですから、アジアでは勝って当然という感覚でしたね」

 そんな思いは、大会前の会見でイチローが発した言葉でも明らかとなった。「向こう30年、日本にはちょっと手を出せないな、みたいな、そんな感じで勝ちたいなと思ってます」

 だが、この発言に韓国側は敏感に反応した。「イチローは特定の国を挙げてはいませんでしたが、韓国選手は“韓国をなめるな”と激怒。敵対心をむき出しにして、打倒日本に執念を燃やすことになりました」(スポーツ紙記者)

 そしてその結果、第1、第2ラウンドとも、日本は1点差で韓国に敗れている。「第2ラウンドの試合後、イチローは“僕の野球人生で最も屈辱的な日”と、ストレートに悔しさをあらわにしていました」(前同)

 しかし、両者は準決勝で三たび対決。「3回負けることはないだろうと思っていた」(里崎氏)との言葉通り、日本が6-0で完勝し、その勢いのまま日本は世界一となった。

 さらに、09年に行われた第2回WBCでは、日本と韓国はなんと5回も対決している。原辰徳監督率いる日本は、第1ラウンドの1戦目に14-2で圧勝したものの、2戦目、3戦目と連敗してしまう。「3戦目の勝利の後、韓国選手はマウンドに韓国の国旗を立てるという、とんでもない行動に出た。イチロー発言への“リベンジ”だったんでしょうか」(スポーツジャーナリスト)

 だが、4戦目には日本が勝利し、5戦目の舞台となったのは決勝戦。ここにも大ドラマが待っていた。3-2と日本がリードして迎えた9回裏、抑えのダルビッシュ有が打たれ、まさかの同点に。試合は延長戦に突入する。そして10回表、2死二、三塁のチャンスで、打席に立ったのはイチローだった。「この大会、イチローは打率1割台の絶不調。でも、ここで決勝の2点タイムリーを放ち、優勝をもぎ取った。韓国側に改めて存在感を見せつけましたね」(前同)

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