■格闘技を通して健全な社会を

 コロナ禍の最中、STRUGGLEは創立14周年を迎えた。鈴木は「人生、本当にいろいろなことがある」と激動の人生を振り返る。

「阪神大震災の時には(現役選手として所属していた名古屋JKファクトリーのある)名古屋にいました。上京してからは東日本大震災に遭遇し、電信柱が揺れるのを目の当たりにした。あの時は自分が生きている中でこれ以上の災害に遭うことはないと思っていたけど、コロナは完全にそれを越えてしまった」

 コロナは人間関係にもひずみを起こしていると感じている。

「対処法がハッキリとわからないので、みんな何をしたらいいかわからない。そういう中で人を疑ったり、誹謗中傷に走ったりする人も出てきた。人が人を信じられない社会で生きることはものすごく悲しい」

 鈴木は中学時代に不登校を経験。自宅に籠もり、漫画やゲームに没頭するような少年だった。しかし高校時代にキックボクシングと出会い、孤立しがちだった人間関係は劇的に変化したという。

「キックを通して、初めて仲間や応援してくれる人がいることを知りました。いまはAIの時代になったけど、生きていくということは最終的には対人間だと思うんですよね」

 痛みとともに感動、勇気、そして喜びを分かち合えるキックボクシング。だからこそ鈴木はこの競技を通して格闘技の素晴らしさを世に伝え、人が人を信じられる健全な社会に再生されることを切に願う。

「マスクをつけてもらったら会員さんはみんな苦しいというけど、その一方で『やっぱりキックをやることはうれしい』とも言ってくれる」

 取材は真夜中だったが、電話ごしにSTRUGGLEに集う会員たちの笑い声がかすかに聴こえた気がした。

 後編では、ジムを代表する選手の1人、ぱんちゃん璃奈の近況を中心にお伝えする。

(取材・文=布施鋼治)

鈴木秀明
鈴木秀明

鈴木 秀明(すずき ひであき)

1976年1月1日生まれ。愛知県瀬戸市出身。ムエタイ&キックボクシング「STRUGGLE」代表。90年代を代表するキックボクサーの1人で、現役時代は“ムエタイ・キラー”と呼ばれ、全日本フェザー級、NJKFフェザー級の他、国内外のベルトを腰に巻いた。2000年に引退、スポーツインストラクターを経て、自らのジムをオープン。理論派としても知られ、専門誌等での技術解説でも活躍中。現役時代の戦績は、27戦18勝(9KO)6敗3分。

https://www.struggle06.com/

布施 鋼治(ふせ こうじ)

1963年北海道生まれ。スポーツライター。レスリング、ムエタイなど格闘技全般を中心に執筆。最近は柔道、空手、テコンドーも積極的に取材。2008年に『吉田沙保里119連勝の方程式』(新潮社)でミズノ第19回スポーツライター賞優秀賞を受賞。他に『なぜ日本の女子レスリングは強くなったのか 吉田沙保里と伊調馨』(双葉社)など。2019年より『格闘王誕生! ONE Championship』(テレビ東京)の解説を務めている。

https://www.facebook.com/koji.fuse.7

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