■誰でもマネできるけど、誰もマネしない

 デンジャーステーキで使われているのは、他所ではあまり聞かないハンギングテンダーという部位。比較的、安価で仕入れることができるのだが(その分、リーズナブルにステーキを提供できる)、店に運ばれてくる段階では筋や脂がゴツゴツとついたまま。だからこそ安価で仕入れられるのだが、松永さんは毎日、この肉を徹底的に下処理し、驚きの柔らかさになるまで仕込んでいるのだ。

 飲食業界では、こういった新しい手法がヒットすると、すぐに類似店が林立するものだが、行列ができるデンジャーステーキに追随する店はほとんどない。じつはそこにも大きな秘密が隠されていた。

「マネをした店はたくさんあったんですよ。私は昔からこのやり方を公言してきたので、いくらでもマネをすることはできましたから。でも、長くは続かない。なぜなら、この肉を下処理するのは本当に大変なんです。

 もちろん肉をさばくテクニックも必要ですけど、かなり腕力がないと筋は取りきれないんです。たくさんお客さんが来れば、それだけ大量の肉を仕込まなくてはいけないので本当に体力が必要になってくる。以前、いわゆる腕におぼえのある職人さんが“俺のテクニックがあれば、そんなの楽勝だ”と言ってきたんですけど、いざやってみたらノルマの半分を超えたところで“ごめんなさい、無理です”とギブアップした。

 これを毎日やらなくてはいけないので、まぁ“普通のステーキ屋”ならやらないでしょうね。自分でできない、となって肉をさばく人を雇ったら、それだけ人件費がかかって、どんなに安く仕入れてもステーキの値段は安くできない。ウチは私が全部、ひとりでやってきたからこそ、この価格で提供し続けてこれたんです」(松永さん)

 これだけのハードワークに耐えることができたのは、松永さんが「普通のステーキ屋」ではないから。じつはこのお方、90年代にマット界に旋風を巻き起こした元プロレスラー。それも高さ6メートルもある後楽園ホールのバルコニーから決死のダイブをしたり、リングの周りを炎とアツアツの鉄板で取り囲んだファイアーデスマッチや、リング下に五寸釘を敷き詰め、そこに落ちたら負け(松永さんは落ちた!)という五寸釘デスマッチなど、それこそ誰もマネしようとは思わない奇想天外なデスマッチの数々で話題を呼んだ。まさに超人! だから「普通のステーキ屋」が音を上げてしまう過酷な作業にも耐えられる腕力とスタミナを兼ね備えていたのだ。

 結果「誰でもマネできるけど、誰もマネをしない」という不思議な状況が生まれ、デンジャーステーキは唯一無二の絶品グルメとなった。

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