■巨人軍は永久に不滅です

 日本球界のレジェンドと言えば、ミスターこと長嶋茂雄氏を忘れてはならない。

「不世出のスーパースターである長嶋さんですが、選手生活の終盤の1973年12月には、川上監督から“どう頑張っても3割は無理だ”と引退勧告を受けています。それに対し、長嶋さんは〈お願いです、もう1年やらせてください〉と頭を下げたというんです」(球界OB)

 悲壮な覚悟で挑んだ翌シーズンだったが、打率は2割4分4厘。生涯打率こそ3割台をキープしたが、バットを置く覚悟を決め、〈巨人軍は永久に不滅です〉の名言を残し、現役生活に幕を下ろした。

 芸能界きっての野球ファンであるダンカン氏は、長嶋氏の、こんなエピソードを明かしてくれた。

ビートたけしさんと松尾雄治さんが出演していた番組に、長嶋さんがゲストで来られたんです。ロケ地が神宮の草野球場で、長嶋さんが“軍団の皆さんも、ここで草野球をやられるんですか”って聞いてきて、やりますよって答えたんです。すると長嶋さんは、〈実はボクも野球が好きなんです。ぜひ誘ってください〉っていうんですよ(笑)」

 この話には後日談が。

「息子の一茂さんと共演した際に〈実は俺もね、野球やったことあるんですよ〉って言われたんです。全国民が知ってるよ(笑)。これは“長嶋家の遺伝”なんだなって思いましたね」

 そんなミスターの愛弟子 ・松井秀喜氏には、こんなすさまじい名言がある。

「打撃が好調だった2001年に、〈理想だけど、ストライクは全部ホームランにしたい〉と話していました。長嶋さんとの特訓で身につけた打撃に、それほど自信があったんでしょう」(スポーツ紙巨人担当記者)

 松井氏と同じく、日米で活躍をしたイチロー氏も、こんな名言を残している。

〈僕は天才ではありません。なぜなら自分がどうしてヒットを打てるか説明できるからです〉

 努力と研究が結果に現れたということだろう。

 昨シーズン、V9時代の川上監督を超え、巨人軍最多勝利監督となった原辰徳氏。彼は監督という仕事を、こう表現していたという。

「デーブ大久保さんが楽天の監督に就任する際に、原さんにあいさつに行ったら〈監督という仕事は億単位はもらわないとやっていられない〉と、その厳しさを説いたそうです。実際、現在の原さんの監督年俸は3億円だとか」(前同)

 そんな原氏は2003年、“読売内の人事”という理由で、監督を更迭されたこともあった。

「その際、ライバルである阪神の監督だった星野仙一さんが〈くじけるなよ、辰徳! 勉強してもう一度戻ってこい〉と声をかけたんです。闘将なりのエールだったんですね」(同)

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