「天皇陛下のお言葉」国民と家族を愛した真心に触れるの画像
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 4月に幕を閉じる平成という時代。節目を前に、天皇陛下の“思い”が込められた「言の葉」を振り返る!

「天皇としての旅を終えようとしている」 今年4月末に退位する天皇陛下が、去る12月に85歳の誕生日を迎えた際のお言葉だ。他にも、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」「自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を真心を持って果たしてきたことを、心からねぎらいたく思います」などと、時折、声を震わせながら話したお言葉は、国民の心に強く訴えかけるものがあった。

 戦前、「勅語」と呼ばれていた天皇のご発言が、「お言葉」として国民に近い存在になったのは戦後になってから。つまり、それまで「天皇」が発信するメッセージというものは、一般の国民にはなじみがないものだった。そればかりか、陛下がこれまで発してきた単語一つ一つには、強い思いが詰まっている。皇室ジャーナリストの久能靖氏が話す。「皇室の方々のお言葉は、官僚が書いたものをお読みになられるのではなく、すべて、ご自分でお書きになられたものです。特に、お誕生日会見では、天皇陛下が1年間を振り返り、ご自身で考えていることを、きちんと国民へ伝えることに努めてこられました」

 いよいよ退位イヤーを迎えた平成最後の新年、天皇陛下が我々国民のために発してきたお言葉を集めてみた。それはまた、国民一人一人が毎日を幸せに生きていけることを願う、陛下の真心そのものでもある。

 陛下は、即位する前の皇太子時代から各地を訪問し、そして言葉を紡いできた。その中でも、やはり多いのが「平和への祈り」だ。戦争で亡くなった人々の慰霊の旅を続けてこられた陛下は、特に太平洋戦争で日本で唯一、地上戦の舞台となった沖縄への思いを強く表している。皇太子時代のお言葉で久能氏が最も印象的だったと語るのは、天皇陛下が初めて沖縄を訪問された1975年7月のときのものだという。ひめゆりの塔を訪れた陛下が、過激派から火炎瓶を投げつけられるという衝撃的な事件が起きたが、陛下はその夜、「払われた多くの犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけてこれを記憶し、一人一人、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくこと以外には考えられません」という談話を出していた。前出の久能氏が話す。

「天皇陛下は、これまで11回も沖縄へおいでになりました。陛下の心の込もった慰霊のお姿を見ていますと、このお言葉は一時的ものではなかったことが、よく分かります。あれから、お言葉通り、深い内省のお気持ちを実行してこられた陛下の強い意志を象徴するものだったと思います」

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