平成アイドル水滸伝 〜宮沢りえから欅坂46まで〜
第1回 宮沢りえと広末涼子の巻 〜CMと平成アイドル〜【後編】
広末涼子のなかの「清純派」と「ギャル」
(前編の続き)同じ清純派でも、広末涼子は違っていた。バブルが宮沢りえを育てたとすれば、広末涼子を生んだのは、バブル崩壊後の混迷だった。
1980年生まれの広末涼子のデビューは、「すったもんだがありました」の翌1995年の「クレアラシル」のCMである。
1995年と言えば、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件が起こり、誰もが“何かの終わり”を感じた年だった。単なる不景気の問題ではなく社会の根幹が揺らいでいることを眼前に突き付けられる感覚。世の中に染み渡ったそんな不安な感覚こそは、平成の日本社会を特徴づけるものだろう。とすれば、1995年はある意味“本当の平成”が始まった年だった。
しかし、ショートカットが印象的な広末のCMは、まさに清純派の健全なものだった。“青春のシンボル”ニキビの治療薬のCMとあって、出てくる若者はみな笑顔、笑顔だ。1996年のバージョンでは、ローラースケートで疾走する広末が「わたしに勝ったらチューしていいよ」と満面の笑みで明るく言い放つ。そこには暗さなど微塵もない。
彼女の人気を決定づけた1996年のドコモのポケベルのCMでも同じだ。広末は、誕生日にポケベルを買ってもらいうれしさを隠せない女子高生。家族とも皆仲良しで、ここでも暗さのかけらもない。
ただ世の実態はここでもCMとは違っていた。ポケベルは、特に女子高生、いわゆるコギャルのあいだのコミュニケーションツールとしてこの頃爆発的に普及した。コギャルの世界はCMのような家庭の健全さとはむしろ真逆のストリートの世界であり、ポケベルはむしろそちらの代名詞となった。
アイドル・広末涼子の面白さは、ここにある。CMと世相のギャップ、明と暗の対比。それをなぜか広末涼子本人が引き受けてしまっている。表の顔は「清純派」でありながら、どんどん掘り下げていくと真逆の「ギャル」の顔がのぞく。世間の常識に素直に従っているように見えて、実はこころのうちでは自由を激しく求めている。そもそも歌手としての代表曲「MajiでKoiする5秒前」(1996)が、コギャル語の「MK5」(マジ切れ5秒前)をもじったものだったではないか。
平成女性アイドルの強さ
ブレークしてからの広末涼子の軌跡もそう見るとわかりやすい。
女優として『ロングバケーション』『ビーチボーイズ』(ともにフジテレビ系)など人気作にも恵まれた彼女は、1998年早稲田大学教育学部に合格。そこに世間は同じ早稲田大学出身の吉永小百合を重ね合わせた。まさに「清純派」の王道である。
しかしそう見えたのもつかの間、広末涼子は、吉永小百合とは違った道を歩む。入学はしたものの、仕事のため授業への出席もままならずバッシングも浴びた。ようやく初めて出席した日にはマスコミや学生が殺到し、現場は大騒ぎになった。
実はそのとき撮影していたドラマが、『リップスティック』(フジテレビ系)である。月9でありながら脚本は野島伸司で、少年鑑別所が舞台という異色作だった。広末は傷害事件を起こして収容された少女役。内面に傷を抱えながら、教官の三上博史や仲間たちに少しずつこころを開いていく役どころだった。
つまりここで広末涼子は、「清純派」ではなく「ギャル」のメンタルにも通じる「不良」を演じた。それは、あまり目立たないが、重要な変化だった。「清純派」を演じることはもう終わりだと、広末は人知れず宣言したのである。
バブル崩壊後の混迷した世のなかで、かつての安定した時代へのノスタルジーと旧弊にとらわれない自由への憧れが拮抗した。その二つがアイドルという存在に憑依したとき、前者は「清純派」になり、後者は「ギャル」になる。
広末涼子というアイドルは、その二つの間で揺れた。ただ時代が進めば進むほど、「清純派」という衣装は彼女にとって重いものになった。だから彼女はどこかでこっそりそれを脱ぎ捨てるチャンスを狙っていた。それが『リップスティック』だったのではないか。この頃から、広末涼子は、恋愛はおろか奇行が報じられるなどゴシップの格好のターゲットになった。それはひょっとすると、いつの間にか「清純派」ではなくなっていた広末涼子を前にした世間の戸惑いの現れだったのかもしれない。
もちろん本人にとってゴシップの種にされることは苦痛でしかなかっただろう。しかしその苦境から脱したとき、宮沢りえと同様、広末涼子は女優として大きく一皮むけた。二人はともに結婚、出産、離婚、再婚と人生経験を重ね、いまや押しも押されもせぬ実力派女優になった。そして広末涼子は、今年CMで約20年ぶりに制服にショートカットで女子高生を演じ、かつての「清純派」の自分をさらっとコピーしてみせた。平成女性アイドルの強さ、ここにありである。
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