それは早熟というのとも違っている。早熟というのは他のアイドル歌手と比べて成長が早いというだけで、基本は未完成な存在だからである。それに比べ松浦亜弥は、最初からパーフェクトなアイドル歌手としてしか存在していない。そこには「成長」という概念自体がないのだ。
ある意味それは、恐ろしいことでもある。そんな松浦亜弥の存在は、それまで私たちが知っていたアイドルの定義を根本から崩しかねないものだったからだ。早熟であれどうであれ、アイドルの定義は「成長する存在」だということだ。最初は未熟であっても、努力や経験によってそこから脱し成長する。そのプロセスに私たちは声援を送る。それが「昭和」から続いてきたアイドルと私たちのかけがえのない関係だった。
ところが松浦亜弥は、ファンにとって見果てぬ夢のはずだったアイドル歌手の完成形をデビューでいきなり見せつけてくれた。その姿は私たちをたちまち惹きつけた。だが同時に私たちからアイドルが成長する姿を見守り、成長した姿を見て感慨に浸る快楽を奪った。女性アイドル歌手の完成形にして最大の矛盾。それが「あやや」だったのである。
そうなれば、当然アイドル歌手の歴史は止まってしまう。単なる偶然かどうかはわからないが、松浦亜弥以降、彼女に匹敵するほど活躍する「女性ソロアイドル歌手」はまだ現れていない。
ケータイ時代のアイドル
ところで、松浦亜弥が歌う曲で平成らしさを感じさせるのは、つんくが綴る歌詞のなかのメールの登場頻度の高さだ。デビュー曲のタイトルからして『どっきどきLOVEメール』とそのものずばりである。
その『どっきどきLOVEメール』では、「携帯メール打つのも慣れた」上京したての下北沢住みの女の子が彼にメールをしようとドキドキしたり、彼から来たメールを何度も見て幸せになったりする。また『YEAH!めっちゃホリディ』の歌詞にも、「i@yume../(アイユメドットドットスラッシュ)」とメアドをもじった印象的な決めフレーズがある。
失恋した女の子の揺れる気持ちをしっとりと歌った『LOVE涙色』でも、メールは重要なアイテムになっている。昔の彼からいまの彼女と別れたというメールを受け取った主人公の女の子は、彼への断ち切れぬ思いから複雑な感情に駆られて涙してしまうが、それでも最後は「メールは返さない」と決心する。
松浦亜弥のデビューした2001年は、携帯電話が急速に普及するただ中にあった。ちょうどこの年に「写メール」がヒットし、現在私たちが当たり前に楽しんでいるサービスも出揃い始める。これより少し前の広末涼子のポケベルに対し、松浦亜弥はケータイの時代に登場したアイドルだった。
ケータイの普及がもたらした世の中の変化のひとつは、人間関係の横のつながりが強まったことだろう。ケータイは友人であれ恋人であれ、同年代の人間同士のコミュニケーション密度を飛躍的に高めた。1990年代後半のギャルたちは渋谷などのストリートにわざわざ出かけて仲間と一緒にまったり過ごしたが、2001年の少女たちは直接顔を合わせなくてもどこからでもメールや写真で気軽にコミュニケーションをとれるようになった。
要するに、その頃の私たちは人間関係がどんどんフラットになっていく時代の入り口に立っていた。人間関係のフラット化とどんな人でも平等に笑顔にするアイドルとは、基本的に相性が良い。アイドルの理想を具現した松浦亜弥のこのタイミングでの登場は、時代が求めた必然だったのかもしれない。
2001年の『NHK紅白歌合戦』。初出場を果たした松浦亜弥は、トップバッターで『LOVE涙色』を歌った。21世紀は松浦亜弥とともに始まったのである。
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